夕立のあと

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 夏の天気は変わりやすい。お昼までは雲ひとつない空で、元気に太陽が顔を出していたというのに、日暮れが近くなると途端に雨が降り出すのだ。その雨は段々と強さを増し、音を立てながら地面へと叩きつけられていく。とてもじゃないけれど、傘で防げるものではない。    夏の雨は雷までも呼んでくる。今朝の予報では雨だけのはずだったのに。油断してしまった。毎年の事なのだから、いい加減に学習しなければとも思う。しかし、予報に稲妻のマークが無い時は、やはりホッとしてしまうのだ。その安心を「もしかしたら」という僅かな可能性だけで否定することは、私には少し難しい。  今夜は食事に出かけるはずだったのに。こんな天気では、車を出すことも困難だろう。単身赴任先から久々に帰ってくる父と、看護師として毎日働いている母、そしてサークルやアルバイトなど何かと予定のある大学生の私。三人が揃って食事に行けるなんてお正月やお盆以外滅多にない事だ。  折角、一ヶ月前に隣町でオープンしたばかりのイタリアンレストランの予約が取れたのに。結構評判が高いお店で、前から楽しみにしていたのにな。    でも、今はそんなことを考える余裕なんて無かった。勿論、レストランだって本当に楽しみにしていた。デザートには何を食べようか。やっぱり定番のティラミスかな。でも、期間限定のジェラートも捨てがたい。今日一日、その事で頭がいっぱいだったくらいだ。  だけど、レストランじゃなくていい。こんな天気なのだから。住み慣れた家でいつもの味がする食事を囲んで、お喋りするだけでいい。  近くの空から大きな雷の音が轟いた。また一層強くなったみたいだ。急いでスマホの音量を上げると、先程より大きな音で曲が流れ出す。最近バイト先でよく流れているやつだ。タイトルはよく思い出せない。  曲のボリュームを上げても、完全に音を塞ぐことは出来なかった。窓を叩く雨の音も、ガラスを揺らす雷の音も。まだ、私の所にある。  早く、早く誰か帰ってきて。それか、雨雲が今すぐどこかへ行って欲しい。今日の天気は、例年のそれよりもずっと激しい。休む間もなく雨が地面や窓を叩きつけ、稲妻が光ったと思えばすぐに大きな音が鳴り響く。ずっとこれの繰り返しだ。  流行りの曲に紛れて、スマートフォンから軽快な音がひとつ鳴った。メッセージアプリの通知だ。 『雨の影響で電車が止まってしまったので、家に着くのが遅くなりそうです。ごめんね』  メッセージは父からだった。「ごめんね」の後には、両手を合わせ、まるで謝罪しているかのような絵文字が添えられている。この天気は、どこまでも私の邪魔をするらしい。
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