夕立のあと

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 通話開始のアイコンを押すと、すぐに声が聞こえてきた。  もしもし、久しぶり。  懐かしい、低い声。ずっと聞いていなかったのに。声を聞いた瞬間、頭の隅々から様々な記憶が思い起こされた。 「もしもし? 随分久しぶりだね、どうしたの?」  できるだけ落ち着いた声音で通話に応じる。もしかしたら、少しだけ上擦っているかもしれないけれど。 「今そっち雷激しいだろう? お前昔から苦手だったし。だから、大丈夫かなと思って」  何と、この優しい幼なじみは私を心配して電話を掛けてきてくれたらしい。しかも、覚えてくれていたのか。雷が苦手なことを。心の底がむず痒くなってきた。 「あー、ごめん。もしかして余計なお世話だった?」  少し沈んだような声。返事にモタモタしている隙に、誤解を与えてしまったみたいだ。顔を直接見なくても、どんな表情をしているかが分かる。 「ううん、そんな事ないよ。少しびっくりしただけだから大丈夫。ありがとう」  そして、私の顔も。鏡を見なくたって分かる。きっと頬は緩んでいるし、口角だって下がっているのだろう。  近くにあった枕を引き寄せ、熱がこもった顔を埋める。 「そう? それならよかった。今日本当に雷強いよな」  電話の向こうからも雷の響く音が聞こえてきた。でも、今はあまり気にならない。一人で震えていた先程に比べ、随分とマシになったみたいだ。 「そうだね。それにしても私が苦手なことよく覚えてたね」 「まあな。ほら、一応幼なじみですし」    幼なじみ。そう、幼なじみ。昔から他の何者でもない、ただの幼なじみだった。  それが誇らしくもあり、嬉しくもあり、同時に少し苦しい時期があったことをあいつは知っているだろうか。  ただの幼なじみには、どちらかに恋人ができたとしても何も言えないし、言う権利だってどこにもないのだ。 「そっか。ありがとう」  けれど、今は気にかけてくれたことがただただ嬉しい。もうとっくの前から、何も思っていなかったはずなのに。声を聞いてから、記憶とともに心まで引き出してしまったみたい。  今日の私はどこかおかしい。きっと、雷が怖いから。救世主のように差し出してくれた手に、素直に縋っているだけ。ただそれだけなのに。この天気は、私の心まで乱してくるらしい。
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