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 駅前でマッチを使っている人がいるなんて初めて見た、と辰巳は不審に思った。マッチを使うなんてせいぜいキャンプに行った時や、学校の化学の授業でバーナーに火をつける時ぐらいだろう。今ではマッチではなく、ライターで火をつけているかもしれない。だから辰巳の目には、それが不思議に思えた。つい、見入ってしまった。  彼女はマッチの灯で体を温めていた。リアルマッチ売りの少女か、と突っ込みたい衝動を抑えながら、つい気になって辰巳はじっと彼女を観察していた。バレないように、他のベンチに座って、スマホをいじっているフリをしながら横目で。今思えば気持ち悪い奴だなと思う。でもその時の辰巳は、好奇心が勝って、彼女をじっと観察していた。もしかしたら何か、次のアイデアに繋がるかもしれないと思ったからだ。  辰巳は脚本家だ。30代とまだ若いながら、NHKの朝ドラの脚本だって担当したことがあるし、連続テレビドラマの脚本を任されたこともある。舞台の脚本だってある。それなりに有名な脚本家だった。そして今、辰巳は新たに脚本の依頼を担っている。けれども、誰しも「スランプ」という体験はあって、まさに辰巳はその真っ只中だった。スランプは書いていたらよく経験するし、1か月、2か月ほどで脱出できていたから、最初は何とも気に留めていなかった。
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