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さすがに寒くなって、辰巳は立ち上がった。好奇心よりも、やはり自分の健康状態の方が大事だ。昔は好奇心がそれよりも勝り、よく体を壊していた。若い頃はすぐ治ったからよかったものの、大人になればそれが段々と治らなくなる。歳だな、と辰巳も体を壊す度に思った。風呂に入っても、疲れは取れない。寝ても疲れは取れない。けれどもやって来る仕事の山。学校の授業はぼーっと聞いていれば何とか終わったけど、仕事となればそうは行かない。体も壊してられないのだ。
ダウンジャケットのチャックを上まで閉め、体についた雪解け水を払う。それから最後に、彼女の前を通った。チラッと彼女を見る。彼女も足音に気づいて顔を上げた。目と目がぶつかる。
ゾッとした。彼女の瞳を見た時、辰巳は体の奥底から震えた。光が無い瞳。虚無の瞳。手には火の灯があるし、瞳にも火の灯が映し出されているのに、彼女自体に灯は無い。人間の死に際に立ち会ったような気分になって、首を絞められているような気分になった。
辰巳はすぐに彼女から顔を反らすと、足早に家へと向かった。彼女から離れて行く度に、彼女の瞳が脳裏に色濃く残って、さらに心臓の鼓動を早くさせる。激しく動いていないのに、息が切れ始めて、耳元で心臓の鼓動が聞こえてきた。
「あの目……」
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