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ここで言う彼女の「明るくなれる」とは、きっと人柄のことではないのだろう、と辰巳は思った。
「君、名前は?」
「……ナンパですか?」
「違う、好奇心」
「まずは先に貴方が名乗るべきでは?」
「そうだな、それは失礼」
そう言って辰巳は尻ポケットから黒革の財布を取りだすと、中から名刺を出す。それを彼女が受け取って、彼女は「辰巳傑」と辰巳の名前を読み上げた。
「脚本家なんですか?」
「ええ、まぁ。絶賛スランプ中だけど。それで、君は?」
「……教えないとダメですか?」
「是非とも教えて欲しいな。願わくば、このアイデアを次の脚本で使いたいと思ってるから。それでスランプ脱出って感じで」
——何より君がどうしてそんな瞳をしているのかが、知りたいから。
そうは言わなかった。
「……奥原沙耶です」
沙耶、と名乗った彼女は相変わらず辰巳を不審そうに見ていた。でもその不審そうな瞳にも、やはり虚無はあって、ガッチリと虚無と瞳が繋がっているように思える。
「奥原さん。どうして君は、そんな瞳をしてるの?」
辰巳がそう言うと、ピクっと沙耶の眉が動く。それから苛立ちを覚えたような表情で、辰巳を見た。虚無と苛立ちが重なることで、さらに怖さが増す。険悪さも帯び始めた。一気に周りのオーラが黒く霞んでいく。こうなることは想定していたが、いざ面と向かうと怖気づきそうだ。
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