第十三話

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 ◇ 「悠」  裕也は家から十分程歩いたところにある遊歩道へ来ていた。簡単なハイキングができるような造りになっているのだが、途中で脇にそれる獣道がある。その先はぽっかりとした空間ができていて、林の向こうには真鈴の町が展望できるように広がっていた。  地元の者でも一体何人が知っているかわからないほどに隠れ家的に機能している。そんな広場に悠は佇んでいた。まさか人が、しかも忌み嫌っている父親の裕也がくるとは想像だにしていなかったは悠はビクりと身体を振るわせて十代の女子に違わぬ驚き方をした。  しかし、それも束の間。すぐに侮蔑の表情を取り戻す。 「…何しに来たの、てか何でここが分かったの?」  冷たい態度の中にあって、それでも解消したい疑問をぶつけてきた。  裕也が悠のお気に入りのこの場所を知っていたのには訳がある。  裕也と操が半ば強制的に神邊の屋敷に連れ戻された頃。今よりも風当たりが辛くなかった裕也は悠を連れて散歩に出かけるくらいの自由は許されていた。二人で出かけているうちに偶然この場所を見つけて秘密基地にしようと笑いあったのは今でも裕也の記憶に残っている。  悠が神邊の仕事を覚えるに従って、裕也と過ごす時間は次第に無くなり今に至ってしまうが、ある日悠が遊歩道を折れこの広場に入って行くところを裕也は偶然見ていたのだ。 今でも悠にとって何かしら思いのある場所になってくれていた事がとても嬉しかった。  だからこそ裕也は今日まで、ここの事を知らないふりをして過ごしてきた。もしも悠が裕也の気持ちに気付きでもしたらきっと反発をして二度と寄り付かなくなってしまうだろうと思っていたからだ。  ただ、今はそんな事は些細なことだった。  裕也は適当に答えをはぐらかし、微笑みながら返事をする。 「出て行くのが見えたからね。迎えに来た」 「ほっておいて…」  悠はそっけなく言い放つと森の奥へと進もうとする。その先が行き止まりになっているのは、当然の如く知っていたが裕也は黙って歩き始めた。 「ついてくんなよ!」 「駄目だ。今の悠を一人にできない」 「うざ…」  またしても悠は踵を返して、今度は元の遊歩道に戻ろうとした。いつものように鋭く睨みつけて胸を軽く押した。そうすればいつものように弱々しく謝りながら道を譲ると思っていた。けれども、まるで地中深くに根を張った巨木のように微動だにしない父に少したじろいでしまった。  そんな驚きを強気で覆い隠し、もう一度裕也を押す。だがやはり動かすことができなかった。 「なんなの? いきなり父親面すんなよ。一人にさせて」 「悠」  裕也はそっと悠の肩に手を伸ばすと、そのまま優しく抱き寄せた。少しの間、目を丸くしていた悠だったが事態を飲み込むと渾身の力で父親から離れようとする。
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