第十三話

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「何してんの。放せよ!」  ぽっかりと空いた広場に悠の悪態がこだまする。  悠は心底自分が情けないと思った。よりにも寄ってこんな父親に慰められているのだから。けれども悠は、自分の抵抗が次第に弱まってきている事に自分の事ながら気が付かないでいる。 それは決して、疲れたからでも嫌がるのを諦めたからでもない。  自分の身体をしっかりと支える二の腕の力強さに安心感を覚えているからだ。それはさながら、まだまだ遊び足らない赤ん坊が寝かしつける父親の拘束から逃れようとしている内に、眠りに落ちてしまうようでもあった。  激しい罵詈雑言はいつの間にか何とか噛み殺した三度きりの嗚咽に成り代わった。  悠は最後の意地で自分の涙顔だけは父親に見せないように顔を伏せたままにか細い声を漏らした。 「…もう訳わかんないよ」 「大丈夫だから」  大丈夫だから。  その言葉を聞いた途端、悠の中に張っていた糸のようなものがハラハラと解け落ちてしまった。絶対に見せたくないぐちゃぐちゃな顔を見上げると、もう何年もまともに見ていなかった父の顔がある。 「お父さん……」  しっかりとした眼差しで自分を見る父親を見ると、悠はぼそりと彼の事を呼んだ。  裕也は生まれて初めて、自分の子供に父と呼ばれた様な気分になった。すると勝手に娘を抱く手に力が入ってしまった。 「大丈夫だよ」  何と言っていいのかまるで分からない裕也は同じ言葉をもう一度繰り返す。悠にとってはそれで十分すぎる程だった。  やがて裕也が手を離すと、悠は黙ったまま森の奥に見える景色を見つめた。どれくらいの時間そこにいたのだろうか。一瞬にも思えたし、とても長い時間にも思えた。  それまでは耳に何の音も届いていなかったのに、不意に木の葉が風にざわめく気配が鼓膜を掠めると起きたままに目を覚ます。いよいよ本家に悠を連れて戻る覚悟を決めた裕也が声を掛けようとすると、 「帰ろっか」  と、悠から申し出てきたのだった。  落ち着きを取り戻したその表情には決意の色がとても濃く出ている。悠はこの後、自分がどういう立場に身を置かなければならないのかを察しているのだ。しかしそれは自暴自棄に受けれたのでも、自分の運命を呪ったりしているモノでないことは重々知っている。 覚悟を決めた凛とした娘の顔を見ると、誇らしい気持ちと言い得ぬ物悲しさが一度に裕也の胸中に広がった。
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