第十三話

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 裕也と悠が共に神邊の門をくぐると、すぐにそれに気が付いた大勢が駆け寄ってきた。この二人が揃って歩いている構図は真夏に雪が降るよりも珍妙に見えたが、誰しもがそれどころではなかった。  俶子が痺れを切らす前に、悠を連れて行かねばならない。早口で事情を説明すると手を引き、背中を押し、あれよあれよと言う間に俶子の下へと連れていかれてしまう。その最中に悠は振り返って裕也を見た。先ほどの朗らかな笑顔と違い、眼光鋭く悠の後ろを見つめるのはまるで敵に睨みを利かせるようでもある。  悠の連れていかれた部屋は先程まで他家の祓い人たちを招いていたところだった。既に俶子を始め神邊家の幹部クラスの面々が座っている。そこには夏臣と千昭と冬千佳の姿もあった。 「事態は待っていても進展はしません。操の事がどうであれ、こうなってしまった以上は誰かが後を継がなければなりません。私達神邊家にはその責任があります」 「悠、あなたは才能も実績もあります。異論を唱える者はいないでしょう。明日からの務めはあなたが指揮を執りなさい」 「…わかりました」  その時、これまでのやり取りをすべて否定する言葉と共に部屋のドアが開いた。 「駄目です」 かつてみたこともないくらい険しい表情の裕也がずかずかと入ってくる。しかし、いつもと雰囲気が違うとはいえ、裕也のこの家での立場が変わっている訳ではない。すぐに何人かが立ち上がり彼を静止しようと動き出した。 「ちょっと、お父さん」  部屋にいる全員の目が裕也から悠へ移動する。その上、全員が耳を疑ったかのような顔をしている。俶子でさえも裕也を父と呼んだ悠に気を取られてしまい、叱責の声も喉の奥に引っ込んだ。  裕也はここぞとばかりに進言する。 「申し訳ないが、一度全員出ていてください。お義母さんに大事な話がある」 「何を勝手な、」 「お願いします」  裕也の圧に押された師範の男は、目を逸らしてしまったことを誤魔化すために俶子を見た。俶子も俶子で裕也にただならぬ何かを感じ取ったようで、少し考える間は有ったもののその申し出を飲みこみ、全員に出て行くように指示を出した後に裕也を睨みつけた。 「時間を取らせないでください」  と、いつものように強い口調で言った事を少し後悔した。座っている自分に近づいた裕也の圧力に俶子は心を気圧されたからだ。あのどうしようもないと思っていた軟弱な娘婿が、かつての自分が相手どってきた妖怪たちが放つ強大な妖気に似た不気味なオーラをまとっている。 「悠は母親がああなってしまったことで、今とても不安定です。そうでなくとも十七歳。子供の頃からの実績があるとは言え、荷が重すぎます」 「では一体誰が…」 「僕が務めます」 「馬鹿な事を言わないで頂戴。あなたが現場に出て行って一体何ができるというのですか」 「一月前だったら指をくわえて見てたでしょうけど、今は違う。僕も戦えます」  俶子は裕也に興味を持っている事に気が付いた。普段通り問答無用で言い伏せれば良いだけなのに、この底知れぬ自信が一体どこから出てくるのかを確かめたくて呆けたように真意を聞いた。 「どうやって…」 「変な事を考えないで、もっと早く打ち明けておくべきだった」 「え?」  え?  と、俶子が言葉を出したのは裕也の言いたい事が分からなかったせいもあるが、決してそれだけではない。よく見知った娘婿の手足や襟元から鈍い銀色に光る粘液が出てきたと思えば彼を飲み込むかのように広がっていく。  一瞬、妖怪の変化した偽物かという考えが頭を過ぎると、俶子は人を呼ぶ前に裕也の安否を確認しようと反射的に動いていた。 「裕也さ、」  俶子は最後まで言葉を紡げなかった。  最後まで見届けた俶子の前に立っていたのは、ついこの間まで、祓い屋界隈と自分の頭を悩ませていた張本人だったからだ。 「僕がMr.Facelessなんです」
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