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 ふと視線を上げると、店員と目が合ってしまった。私は顔が見えないようにと俯く。子供だとバレるのが怖くてそちらを見られないけど、頭のあたりに店員の視線が突き刺さるのを感じる。視線が私を責め立てる。 「私の同僚が、何か?」  前を向き直ると、ナオさんは店員を睨みつけながら凄んでいた。すると、店員は私を問い質すこと無く簾の向こうへと去っていった。 「不安そうにしてるから疑われるのよ。シャンと胸を張って睨みつけてやれば、大抵の相手は怯むんだから」  少しすると、さっきとは違う店員が飲み物の入ったグラス二つとキャベツの盛られた小鉢を一つ持ってきた。ナオさんの言うとおりに胸を張って堂々と構えていると、店員は特に気にする様子もなく席から離れていった。  すごい。ナオさんの言った通りになった。  カシスオレンジと呼ばれた液体の入ったグラスを、わたしは取り扱い注意の危険物が入った容器を窺うように観察する。見た目は透明がかった赤みのある橙色の液体。名前の通りジュースみたい。オシャレに輪切りのオレンジが一枚グラスの縁にかかっている。これは、齧るものなのか、液体の中に沈めれば良いのか。  グラスに触れること無くまじまじと見つめていると、その様子がおかしかったのか、グラスの向こうでナオさんがおかしそうに笑っていた。  お酒なんて初めてなんだから、仕方ないのに。誰だって、初めては怖いものでしょ。  両手でグラスを掴んで、恐る恐る縁に口を近づけると、オレンジのような柑橘系の香りの中に、ツンとした匂いが鼻をついた。七五三のときのお神酒くらいしか嗅いだ覚えはないけど、多分、アルコールの匂い。  グラスをゆるく傾けて、縁から舐めるようにちびちびと液体に口をつける。 甘さと酸っぱさと苦味と、口の中に残る嗅ぎ慣れないアルコールの匂い。飲み慣れたジュースとは違う複雑な飲み物。お世辞にも美味しいとは思えなかった。好んで飲む人の気が知れない。これが大人の味ってやつなんだろうか。  そんなわたしを尻目にナオさんはぐいっとグラスを傾け、半分程度飲み干し、懐かしそうにグラスの中に残ったアルコールを見つめた。 「これ、あの子と初めて飲んだお酒なの」  あの子。誰のことを言っているのか分からず首を傾げていると、ナオさんは小さく口角を上げて薄く笑ってから、先程の写真をちらりと覗かせた。ナオさんと仲良く手を繋いでいる女性が、あの子らしい。 「友達、ですか?」 「ううん。恋人。元……ううん。私の片思いだったけどね」  ナオさんの言葉の意味が分からず、わたしは更に首を傾げる。  女性同士なのに恋人なんて。もしかして、写真に写っていた人は女性に見えたけれど、実は中性的な見た目の男性なんだろうか。そこまで口から出かけたけど、同性で中学生の私に結婚を申し込んでくるような人だから、気にするだけ無駄だろうと思い直した。 「……もしかして、それが、ナオさんの死にたい理由?」 「そう、だね……」  ポツポツと話し出すナオさんを、わたしはちびちびとアルコールを舐めながら見ていた。  あの子――高久(たかひさ)志穂乃(しほの)は小さな頃からの幼馴染の女の子。昔から私は外で走り回るのが好きだったけど、あの子は部屋の中で音楽を聞きながら本を読むのが好きだったり。私は高校の頃に運動部で、あの子は美術部だったり。私は女性シンガーの失恋バラードが好きだけど、あの子はアイドルグループの恋愛ソングが好きだったり。私とあの子はそこかしこで正反対なタイプだったけど、ずっと仲が良かった。  だから、この関係はこれから先も続くものだと思ってた。
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