12.兆し

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. 凛子の不安に気づき、寄り添うことが出来なかった。 それは俺が犯した最大の過失だ。 「やり直せないんですか?」 「……今は、先に片づけておかないといけないことがある」 「それは、凛子より大切なことですか?」 「凛子より大切なものなどない。だが、今のままで放置しておくと、またいつか彼女を傷つけてしまうかもしれないから見過ごすわけにはいかない」 同じことを繰り返し、凛子を傷つけるわけにはいかない。 そんなことをしたら、彼女はもう二度と、俺のところへ戻ってきてくれないと思うから。 いつ凛子の気持ちが離れてしまうのか、今も綱渡りをしているような危うい状態だとは分かっている。 でも、大切だから慎重にならざるを得ない。 そこまで話し終えたところに、店主が注文したコーヒーとマフィンを運んできた。 口にした挽きたてのアメリカンコーヒーは意外なほどに美味しくて、思わず店主を二度見すると、彼は得意げにニヤリと笑みを浮かべた。 店主め、なかなかやるではないか……。 そんなアイコンタクトを繰りなしている横で、碧生君は砂糖を入れたコーヒーをかき混ぜながら、世間話をするような軽い口調で重大な事実を語り始める。 「芹澤さん、俺ね……実は好きだったんです」 「爬虫類のことか?」 「いえ、凛子のことです」 「は……?」 空耳かと思ったが、微かに耳を赤く染めている碧生君の姿が、やけに初々しくて胸騒ぎがした。 しかし、彼はすぐに怪訝な顔をしながら、俺をたしなめてくる。 .
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