12.兆し

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. 程よい緊張感の中で業務を進めていると、パーテーションの向こう側から副島さんが戻ってきた。 デスクで業務に取り掛かるのかと思いきや、その足取りは一直線に私へ向かってくる。 「櫻井さん、ちょっといいかな……?」 「え?あ……はい」 こういう時の副島さんは、穏やかで優しい笑顔を向けてくれるのに、何故か今日だけは違う。 怪訝に思いながら立ち上がると、彼は近くにいた中谷さんに声を掛ける。 「少しだけ櫻井さんを連れて行くから、何かあったら携帯に連絡くれるかな」 「……分かりました」 中谷さんも違和感を抱いたのか、訝しげな表情を浮かべながら、そう返事をする。 明らかに、いつもと何かが違う。 朝から関川部長と姿を消していたことと、何か関係があるのだろうか……? エレベーターに乗った彼が押したボタンは6階。 上層部の人たちが仕事で使用している個室があるフロアだ。 一般社員が立ち入ることはほとんどなく、私も6年目にして、足を踏み入れるのは初めてだ。 「あの……何か、あったんですか?」 静かに上昇していくエレベーターの中で、私は副島さんに問いかけてみる。 すると、彼は前を向いたまま答えてくれる。 「……営業部で、問題が起きたんだ」 「営業部で、ですか?」 「うん」 営業部の問題に、どうして私が呼ばれるのだろう。 しかし彼は、それ以上の事情は話してくれなかった。 まるで、自分の口からは伝えられないと言わんばかりに、不自然な形で会話を止めて。 .
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