12.兆し

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. 副島さんに連れてこられたのは、楢崎常務の部屋だった。 2回ノックして中から応答があると、彼はそっと扉を開いた。 失礼しますと一礼をしながら中に入ったので、私もその後を追って同じように挨拶をしてから中へと入った。 顔を上げると、そこには関川部長と楢崎常務、そして他に予想外の人物が二人いた。 そのうちの一人である営業部の田辺部長が、私を気遣うように声を掛けてくる。 「忙しいところ、すまないね」 「いえ、あの……」 「至急確認したいことがあって、副島君に君を連れてきてもらったんだ」 そして、田辺部長の横には柊平さんの姿があって、かつてよく目にしていた冷徹無情な仕事モードの顔つきをしている。 顔を合わせるのはエレベーターの一件以来だけれど、こんな形で会いたくなかった。 今は、何が起きているのか理解できないこの状況を、一秒でも早く把握しなければいけないのに……。 するとその時、田辺部長の口からとんでもない事実を告げられた。 「実は昨日、営業部のクライアントの取引情報が数件、他社競合に漏洩するという問題が起きた」 「え……!?」 「その情報開示に、どうやら櫻井さんの社員IDが使用されていたんだ」 「……」 私の社員IDが……? 勿論、私は営業部の情報を漏洩させた覚えなどないし、そんなことをするはずもない。 情報漏洩は立派な規律違反で、許されるべき行為ではないことくらい、当然に理解している。 だからこそ、その言葉を鵜呑みにすることなどできない。 .
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