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prologue - natural eneny like a devil -
natural enemy : 天敵。
天敵は人間の姿をした悪魔である。
少なくとも私の天敵はそうだ。
誰をも魅了するその姿は悪魔に違いないとさえ思ってしまうし、その行動は悪魔そのものである。
私に対してだけそうであるように思えるのは、きっと彼もまた私に対して悪意のようなものを持っているからなのかもしれない。とは言っても思い当たるところがないので対処する術はないのだけれど。
私の二十六年間の人生の中で最強にして最悪の天敵は、ある日突然、不敵な笑みを冷ややかに浮かべながら私の前に現れた。
親の七光りのコネ入社のくせに。
そう叫んでやりたい。
とは言え、そんな言葉をも寄せ付けないものが彼にはある。
彼、佐伯 彬君の父親の佐伯さんは社内でも一、二位の成績を争う海外事業部が誇るエースだ。少しずつ前線を退き始めているとはいえ未だに多方面からの人望も厚い。
おまけに女子の既婚者ランキングではずっと首位をキープしていて二位以下を大差で引き離している。そんな本人は社内でも有名な愛妻家で、そのことがさらに人気に拍車をかけている。
佐伯君は、海外に留学していたという理由で他の新卒の子達とは半年ほど遅れて、昨年の十月に入ってから入社してきた。
向こうの大学、大学院でビジネスを専攻していたかなんかで英語がペラペラなのはもちろんのこと、ビジネスの知識、取引先との交渉なんかも他の新卒社員とは一線を画している。さらにこの半年間で実質的な成果を上げているものだから会社側からの期待も高まっている。
さらに特筆すべきは誰をも魅了するその外見である。180センチ以上の長身に、顔は親子なだけあって通った鼻筋や形の良い唇なんかは佐伯さんに似ているものの、目元にはまだあどけなさが残っていて佐伯さんよりも少し甘めの顔に仕上がっている。
ダークブラウンの少し癖が強そうな髪は無造作に跳ね、かえってそれが彼のハンサムさを際立たせていることは言うまでもない。
おまけに人当たりもいいとなれば女子からの人気は並大抵のものではない。すでに水面下では血を見るような彼の争奪戦が繰り広げられているとかいないとか。
そして私が幸か不幸かそんな彼の教育係という名のお世話係を命じられてしまったのは昨年のこと。抵抗を試みてはみたものの、佐伯さんから「宮野さん、よろしく頼むよ 」なんて、あんな素敵な笑顔でお願いされたら従うしかないではないか。
佐伯君は、よく言えば人懐っこいリーダー格、はっきり言えば生意気な俺様である。
佐伯君の教育期間は三ヶ月で、社内の事は私から、社外の事、主に取引先廻りは佐伯さんから直々に教わるというVIP待遇とも言えるものであった。
そして、教育期間が終わった今、私が彼から解放されたかというとそうでもないというのが現状である。
会社側の計らいか、佐伯君は佐伯さんの属する海外事業部第一課とは違う第二課に配属された。私を含め海外事業部の営業事務は一課と二課を兼任しており、私の班は第二課との仕事の割合が高い。従って彼との接点は今だに色濃く残ったままだ。
そんな訳で、いかに彼と適切な距離をとり、なるべく関わらない方向で勤務時間を全うするかによって私が平穏な日々を送れるかどうかが決まってくるのである。
この物語は、私、宮野 春希と我が天敵、佐伯 彬君との戦いの記録である。
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