80人が本棚に入れています
本棚に追加
佐伯君の声はどことなくイラついているようにも聞こえる。その声に、私は急に自分が思い立ったスペアキーの理由に自信がなくなってくる。
「よくないよ。よく分からないままじゃ貰えない 」
私はスペアキーを握りしめた右手の拳を佐伯君の前に差し出した。
佐伯君は、興味のなさそうな視線でその拳と私の顔の間を二往復くらい行ったり来たりしたかと思うと、いきなり私の手首を掴んで自分の方に引き寄せた。
バランスを崩された私は、なすすべもなく佐伯君の上に倒れこんでしまった。
いきなりの至近距離に私の心はあたふたと忙しない。そんな私の内情を知ってか知らずか、いつの間にか私の背中にあてがわれた佐伯君の左手がその距離を更に縮めようと押してくる。
「ハルは、俺と付き合うんだろ 」
佐伯君の視線に囚われる。
その隙を見計らったかのように、一気に抱き寄せられた。
「好きだよ 」
耳元に届く佐伯君の声がひどく甘くて、また目眩がぶり返しそうになる。
佐伯君はそのまま私の首筋に口付けた。
何度も、何度も、柔らかな感触が肌を伝う。その度に少しずつ体の力が奪われているような感覚に襲われる。
「佐伯君、待って 」
私の声なんて聞こえていないかのように、佐伯君は私にキスを落とし続ける。
「待ってってば 」
私は佐伯君の肩を力任せに押しやった。佐伯君はどことなく拗ねたような顔でこちらを見つめている。
「私、この前言ったようなこと、約束できないよ。きっと佐伯君が言うような重い女になる。それでも、いいの? 」
やっぱり、違うって言われたらと思うと声が震えてくる。
「最初っから、ハルにそんなこと期待してないよ 」
佐伯君の瞳は深く澄んで、真っ直ぐにこちらを見つめている。そこに映る私はまだ不安げな表情をしてとても頼りない。
「もう逃げないから 」
佐伯君はそう言ってへらっと笑った。
それはいつもの感情の薄い笑顔だったけど、その笑顔の隙間からはあどけない佐伯君が無邪気な笑顔を覗かせていた。
最初のコメントを投稿しよう!