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to be continued to anywhere
RRRR、RRRR、RRR……。
突然、内線電話が鳴った。
週末の間に溜まっていた海外からの問い合わせのメールの処理が終わり、やっと一息つけると思った時だった。
『ああ、宮野さん? 俺だけど 』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、少し弾んだような佐伯さんの声だった。
「あ、おはようございます。どうしたんですか? 」
佐伯さんの楽しそうな声に、どこからともなく妙な不安が纏わり付いてきた。
『それで、いつからにする? 』
私には、突然降ってきた佐伯さんの質問の意図が全くもって分からない。
どの仕事のことだろうかと記憶を辿ってみても、一向に思い当たるものがなかった。
「いつから、と言いますと……? 」
『俺はいつでもいいんだけどね。まぁ、会社ではあれだけど 』
「あの、仰っている意味がよく分からないんですけど 」
『ああ、だから、いつからでも、“お義父さん” って呼んでくれて構わないから 』
それだけ言うと、微かな笑い声を最後に通話はプツンと途切れてしまった。
私は、受話器を握りしめたまま、全思考が停止してしまったかのような感覚に陥っていた。
今の佐伯さんの言葉をどう処理したらいいのか分からない。
えーと、えーと、えーと……。
「宮野さん? 」
隣の席から美咲ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。
「どしたの、春希? 」
向かいの席からも理沙が怪訝そうな声で呼びかけてきた。
我に返った途端、途切れていた思考は急に落ち着きがなくなってどこからともなく私を揺さぶってきた。
「ち、ちょっと頭冷やしてくる 」
そこでじっとしていられずに廊下に出た。
さわさわ、さわさわと変な動揺が追いかけてくる。
その動揺を振り切るように屋上への階段を駆け上った。きっと今なら誰もいないはず、との期待を込めて。
屋上のドアを開けると、雲ひとつない青空が目に飛び込んできて、気持ちの良いそよ風が頬をすうっと撫でて行った。
そこには先客がいた。
柵に面したベンチに座り、コーヒーの缶を片手に何やら資料に目を通している。
なぜこのタイミングで、と思ってしまう。
でも、もしかしたら彼なら私の動揺を沈める術を知っているのではないかとの期待があった事は否定できない。
「さ、佐伯君、佐伯さんが……、 」
佐伯君の隣に座るなり、私はさっきの電話のことをしどろもどろになりながら彼に話した。
佐伯君は、興味がなさそうな顔で聞いていたかと思ったら、話が終わった途端に肩を震わせながらクツクツと笑い始めた。
私は、なぜ佐伯君が笑っているのか理解できない。
「笑いごとじゃないから。どうしよう。どこまで知られてるのかな 」
佐伯君は、笑い過ぎて涙目になった目元をこすりながらこちらに視線を向けた。
「そんなの、考えるだけ無駄だって 」
どこか諦めを含んだような声でそう言って、いつもより気持ち柔らかくへらっと笑った。
見えない不安に押しつぶされそうな私を嘲笑うかのように、初夏の爽やかな風が二人の間をさあっと吹き抜けて行った。
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