epilogue

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 最初は単なる好奇心だった。  触れたら彼女はどんな反応を示すのだろう。  自分はどんな感覚を覚えるのだろう。  どう近づいたらいいのか、どう触れればいいのか分からなくて、悪戯に彼女を傷つけた。  罪悪感に胸が痛み、自分の不甲斐なさを恨んだ。  こんな思いをするくらいなら、もう諦めようと思った。  彼女に触れるのも、この先を彼女と歩いていくことも。  彼女の姿が見えないように目を瞑って、彼女の声が聞こえないように耳を塞いで。  そうしていれば忘れられると思った。  すべてを忘れて今まで通りの自分に戻れると信じていた。  それなのに、一度知ってしまったその柔らかく温かな感触はなかなか記憶の中から消えてはくれない。  少しでも気を抜くと、あたかもまだそこにあるかのような感覚さえ覚えた。  時が経つほどに、その感触は記憶の中で濃く鮮やかに育っていった。  柔らかく温かなその感触が頑なな心を揺さぶってくる。目を背けていた気持ちを呼び覚まそうとする。  もう一度だけ。  もう一度だけ、 「触りたい 」  気持ちが言葉となり、気がつくとこぼれ落ちていた。  そっと、壊れ物に触れるように。  優しく、もう傷つけてしまわないように。  もしかしたら、このまま彼女と一緒に歩んでいけるのかもしれない。  少し芽生えかけた期待を邪魔したのは、自分の中の弱さだった。臆病な自分は彼女と真っ直ぐに向き合うことを恐れた。  自分のがまた彼女を傷つけてしまうかもしれない。  でもそれよりも、いつか彼女を失ってしまうんじゃないかっていう不安から身を守りたかったのかもしれない。  一旦そんな不安に囚われてしまうと、気持ちは萎え、足が竦んだ。  そんな臆病な自分は彼女から目を逸らし、彼女の気持ちを突き放した。  彼女がもうこちらに近づいてくることがないように、ひどい言葉を投げつけた。  そして、彼女の幸せを願った。  自分ではない、彼女を愛してくれる誰かの手に彼女の幸せを委ねたかった。  その誰かと、自分の視界に入らないところで幸せになってくれればすぐに忘れられると思っていた。  今までそうしてきたように、自分はまた代わりの誰かを探せばいいと思っていた。  でも、その後に残ったのは目を背けたくなるようなひどい罪悪感と、ひとりでは耐えられそうにない巨大な虚無感だけだった。  彼女の顔が浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返す。浮かんでくるたびにひどい痛みが胸を刺して、どうすればいいのか分からなくなった。  彼女の心にもこんな風に痛みが刺さったのだろうかと考えると余計に苦しくなる。それを想うと彼女の幻影は急に涙を零し始めた。  代わりなんていくらでもいる。  そんな風に思っていた自分が恥ずかしくなるくらいに、気がつくと心の中は彼女で埋め尽くされていた。彼女の声、温もり、匂い、すべてを自分は求めていた。  それを目の当たりにした時、胸の奥につっかえていた何かがカタンと音を立てて抜け落ちた。  ずっと頑丈な鍵のかかっていた扉が開かれ、扉の向こうから眩しい光が差し込んできた。  針の中に蹲っていたハリネズミは扉から飛び出して必死で走った。  不安なんてもう微塵も残ってはいなかった。迷いも綺麗さっぱり消えてしまっていた。  ただ彼女への想いだけを抱えて、ハリネズミは光の中を駆けた。  道の向こうに彼女の後ろ姿が見えた。  必死になって自分を探している彼女の姿に、柄にもなく涙が出てきそうだった。  彼女に向かって呼びかけると、彼女はそのつぶらな瞳を見開いて、そこから瞬く間に柔らかな笑顔が生まれた。  ハリネズミは彼女に駆け寄った。  その時にはすでに、彼の体を覆っていた固く鋭い針は、柔らかくそよ風になびいていた。  そしてハリネズミは、彼女の手の中に今まで探し求めていた温かさを見つけた。
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