a face under the fake

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 自分のデスクの前で、カフェラテが入ったペーパーカップを持ったまま立ち尽くす。さあーっと自分の血の気が足元に向かって引いていく音が聞こえてくるようだ。  何度見てもこの光景には慣れることができない。  デスクの上には書類とファイルの山。  いや、書類とファイルの大海原ができてしまっている。  カップを置くわずかなスペースさえも残ってはいない。  その書類の山の所々から飛び出している色とりどりの付箋には、恐らく私への指令が書かれているのだろう。それもご丁寧に、事細かく。資料室から借りてきてくれたのか参考資料まで置いてある。  パッと見ただけでも明らかに私が普段任されるであろう業務範囲を超えている。  上の方の資料をペラペラとめくってみる。  商品の発注書に、納期確認書、見積書と請求書の作成は分かる。社内会議のプレゼン用の資料作成もまだ多めに見てもいい。でも、今日午後の会議に出す企画提案書とか、新規開拓先の提案書って明らかに営業の仕事ではないか。 「理沙、これって……、 」  聞かなくても分かってはいるけど、念のため向かいの席の理沙に聞いてみる。理沙は読みかけの朝刊から顔を上げて哀れんでいるような顔を私に向けた 「ご名答。さっき、ジュニアが置いてった 」 「だよね…… 」  やっぱり、と思ってげんなりしてしまう。私の肩のラインはきっとハの字になっているに違いない。  ジュニア、もとい佐伯君の教育期間が終わってほっとしたのも束の間、佐伯君は何を思ったのか自分の業務のサポートを有無を言わさずすべて私のところへ持ってくるようになった。  通常うちの会社では、営業事務の仕事は営業担当が各班長の所へ持って行き、それを班長の裁量で事務担当に振り分けることになっている。  でも、佐伯君の場合はストレートに私の所に持ってきたり、朝出社するとこのようにすでに置いてあったりするのだ。それが週に数回繰り返される。  最初の頃にそんなことをする理由を直接佐伯君に聞いてみたことがある。すると、「楽だから 」の一言で片付けられてしまった。  何かを含んでいそうな笑みを浮かべる佐伯君に私はそれ以上何も言い返すことはできなかった。  そんなことが暗黙の了解のうちに許されてしまうのが佐伯君の七光りのなせる技なのかもしれない。 「愛されてるねぇー 」  理沙が面白がりながら言う。  羨ましい、と可愛く首を傾げながらつけ加える。  いや、こんな愛はいらない。  欲しい人がいるなら、いくらでも譲ってあげる。  そもそもこれは嫌がらせ以外の何物でもない。 「手伝おうか? と言いたいとこだけど、さっきジュニアに釘刺されちゃったから、ごめん 」  と、理沙が申し訳なさそうに顔の前で手刀を切った。  いつも佐伯君はこれだけの仕事量を私一人で仕上げるように仕向けていく。やっぱり、嫌がらせ以外の何物でもない。 「いいよ、大丈夫 」  なんとかなるかなぁ。  ほんと、勘弁してほしい。
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