a face under the fake

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 今週も長かった。  最近は、週末のために、週末に向かって生きている、そんな感じ。  特に三月に入ってからは年度末が近いせいか業務量が急激に増えていて、一週間がとてつもなく長く感じる。  佐伯君に気を使ってか、はたまた私を哀れんでなのかは分からないけれど、私に他の営業担当の仕事が割り振られることは相当急を要しない限りなくなった。  だから、不本意ながら私はいつの間にか佐伯君の専属のような感じになってしまっている。  そんな流れで佐伯君は相変わらず私を苦しめ続けていた。佐伯君が当たり前のようにして持ってくる業務は量も質も日に日にアップグレードしていて、年度末の(せわ)しさが日に日に増していくなか、私の戦況は困難を極めていた。  年度末ということもあるけれど、帰りが終電間際になることもあるし、一日中どこで息継ぎをしていいのか分からないくらい忙しい日々が続いている。  せめて明らかにボツ山行きになるものだけでも持ってくるのをやめてくれないだろうかと思わずにはいられない。  もし、それに何か意味があるのならば少しは私の気持ちも救われるのだろうけれど。理由が分からないから余計イライラが積もって更に疲れてしまうのだ。  こうしてウィークデイの業務に追われ、佐伯君との戦いで心身ともに疲れ切っていても、週末が来れば一気に気持ちは高まる。  恋人がいればなおさらだ。 *** 「すごいな、その彼 」  私が会社で受けている佐伯君からの仕打ちを事細かに話すと、雅也はケラケラと笑う。その人懐っこい目元には涙が浮かんでいる。  彼、平岡 雅也とはもともと大学の同期で、今年の年明けに開かれたサークルのOB会で会ったのがきっかけで付き合うようになった。  会ったのは数年ぶりだったけれど、全く変わらない雅也の屈託のなさにすぐに惹かれていった。サークルではリーダー的な存在だった雅也は大学時代からファンも多かったし私も密かに憧れていた。 「笑い事じゃないんだけど 」  と、言いながらも私の心はこの平穏で幸せな時間を喜んでいる。  久しぶりに晴れた土曜日。  先週は急ぎで終わらせないといけない仕事があって休日出勤になってしまった。だから彼に会うのは二週間ぶりだ。  以前から話していた映画の午前の会を見終わって、映画館近くのカフェに入ってランチにした。  雅也がワンプレートランチのキッシュをつつきながら、「それから? 」っていう視線をよこす。 「態度だって全然違うし、他の人には何気に気を使ってるし 」  佐伯君のあの感情が読めない鉄壁の笑顔は誰に対してもだけど、口調からして明らかに違う。他の人にはもっとソフトな感じとでも言おうか。それに対して私には頻繁にタメ口をきいてくる。  私には気を使わなくてもいいから大量の仕事を押し付けていくんだ、と私は結論づけている。きっとそれが、以前言っていた「楽だから 」の正体だ。 「それに、私のこと変に呼び捨てにするし 」  これに関しては全く理解できない。  佐伯君はなぜか私を「宮野さん」でも、「宮野」でもなく、「ハル」と呼ぶ。  最初は海外で生活していた時の癖かと思ったけど、他の人のことはちゃんと苗字で呼んでるし、父親の佐伯さんのことでさえ「佐伯さん」と呼んでいたのを聞いたことがある。正直、その辺はきちんとしているんだなと感心してしまった。 「懐かれてるんじゃないの? 」  雅也がすこしだけ意地悪そうに笑う。 「それはない 」  顔の前でこれでもかと言うくらい手のひらを振る。  断じてない。  嫌われていることはあっても、それは絶対にありえないという自信があった。  それにしても、私はなぜ今さっき見た映画の感想とかじゃなくて佐伯くんの愚痴を話しているのか。きっとそれだけ積もりに積もったものがあったのだろう。  それに雅也が嫌な顔もせず、むしろそんな話を笑いながら聞いてくれるからかもしれない。そんな雅也にいつも癒される。  雅也に聞いてもらったからだろうか、そろそろイライラの熱も冷めてきたようだ。  まだ関係が始まって三ヶ月も経っていないけれど私達の関係は順調に進んでいる。  きっと私が苦しいウィークデイを乗り切れるのは雅也との週末があるから。だからこの関係だけは死守しなければならない。  心からそう思った。
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