あのとき、雨が止まなければ

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その写真を目にした瞬間、私は、胸の奥がずしりと重くなるのを感じた。 今年の春に定年を迎えた私は、平日の昼間でも特にやるべきこともなく、いつものように自室でのんびりと新聞を読んでいた。 すると、地方版に「名物店主さん、こんにちは!」というコラムが掲載されているのが目についた。 県内のあらゆる町の商店に取材し、店の歴史や人気商品、さらには店主の人物像などにスポット当てるというのがコンセプトの、地方紙にはよくありがちな、隔週連載のコラムである。 その日の記事には、野球のグラブとボールを手に笑顔を浮かべた、30代半ばくらいの一人の男が写っていた。 男の名は、青野優作。 ここから電車で4駅のところにある、青野スポーツ店の店主だ。 そして、私のかつての高校の教え子でもある。 長い教師生活の中でも、青野ほど思い入れのある教え子はいない。 と言っても、それは決して良い思い出にまつわるものではない。 まして、他人になぞ到底語りたくはない。 (私は、きっと彼の人生を狂わせてしまったのだ。) その時、窓の隙間から湿気を含んだ土の香りが流れてきた。 外を見れば、いつの間にか空はすっかり雲に覆われ、庭も暗くなっており、やがて、ポツポツと雨が降りだした。 「よりによって、このタイミングで夕立か……」 次第に激しさを増す雨。 20年近く前の、あの夏の日の記憶が否が応でも甦ってくる……。
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