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そして3年目。
あれは、夏の地方大会を1か月後に控えた頃だったろうか。
その日の練習を終え、片付けも完了し、ほとんどの部員はすでに帰宅を始めていた。
最後に私がグラウンドの照明を落とそうとしたところ、青野が、何やら思い詰めた顔で「先生」と話しかけてきた。
「何だ、まだ残っていたのか。もうちょっと練習しますと言っても無駄だぞ。ちゃんと部活は時間通り終えて勉強も頑張ってくれんと困るからな」
「いえ、そうじゃないんです。……あの、先生」
「うん?」
「先生は、俺のピッチング、プロでも通用すると思いますか?」
予想外の言葉に動揺した。
確かに青野は、そんなことを本気で考えてもおかしくないくらいの実力がある。
だが、今までそんな素振りは全く見せなかった。
「どうした、急に…。何か、そういうことを考えるきっかけでもあったか」
私がそう聞くと、青野は、少しはにかんだ笑いを見せた。
「いえ、実をいうと、中学の頃から、ほんの少しだけプロへの憧れがあったんです。でも、俺じゃきっと無理だって…。そんなに体力ないし、それに、もともと誰かと競うのが好きな性格じゃないから、他の人を押しのけて自分をアピールして…とか、そういうのやりたくなかったんです。だからここに、普通の県立高に来たんですけど、俺、ここで気付いたんです。自分は本当に野球好きなんだなって。自分ひとりでトレーニングして、技術向上させるだけじゃなくて、次はこういうところを改善させようとか、相手のここを狙おうとか、そういうの自分たちで話し合ってそれが結果になる。そういう経験初めてで、本当毎日楽しいです。それで、この野球ってスポーツを、もっと極めていけたらなって思うんです」
「そうか」
私はそれを聞いて、教師としての純粋な喜び満ちていた。
学校生活を通じて、自分の望む未来を思い描く。それが教師の務めだ。
しかし、高校生の時点でそれができる者は、そういない。漠然とした気持ちで進路を決める者がほとんどである。
そんな中、青野ははっきりと自分の道を描いた。それも、単なる夢物語ではない。険しいとはいえ確実にそこにたどり着く道が、青野の目の前にあるのだ。
「お前ほどの選手なら、きっとプロにも行けるよ」
と答えた。
「そう言ってくれて嬉しいです」
青野は、嬉しいというより、どこかほっとした表情だった。
「俺、めちゃくちゃ頑張ります。みんなを甲子園に連れていきますからね」
「おい、連れて行く、だなんて、それは監督である俺が言うべきセリフだぞ」
すっかり暗くなったグラウンドの上で、私と青野は笑っていた。
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