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迎えた決勝戦は、またしても投手戦となった。
青野の投球は7回から急におかしくなった。
全く球速は出ておらず、コントロールも定まらない。次々と失点を重ねていった。
私は青野を降板させたが、唐突にして絶対的エースを欠いた以上もはや相手の勢いを止める術はなく、チームは惨敗した。
試合後、青野は自身のふがいない投球をチームメイトに謝罪した。
とはいえ、青野が居なければそもそもここまで来れなかったことは皆分かっていたので、責める者など一人もいなかった。
数日後。
夏休みでほとんど人気のない職員室で、私が机に向かい仕事をしていると、青野が私のもとに現れた。
「おう、どうしたんだ」
「はい、あの、実は…」
青野は、今年の大会が始まる前から、肩を故障していたことを告白した。
そして、騙し騙し投げているうちに、決勝でいよいよそれが悲鳴を上げ、そして、もうその肩は完全に治る見込みはないと医師に告げられたそうである。
「すまなかったな…」
私は青野の右腕を見つめながら、唇を噛んだ。
「いえ、先生が悪いんじゃないです」
「いや、実はな、準決勝の時点で違和感を感じていたんだよ。中断していた試合が再開しても、その後うちが勝っても、何だか浮かない顔していたからな。それに、今思えば、お前あの辺りからしきりに肩を回して、具合を気にしているような素振りをしていただろう?指導者としてその時点で何か察してやるべきだったんだ」
「いえ、いいんです、ほんとに。謝ってもらわなくても。むしろ、俺が先生やみんなに謝りたいなって思ってるんです」
「決勝戦のことか?そんなの、誰もお前が悪いだなんて思ってないぞ」
「いえ、そのことじゃなくて…」
そこで青野は下を向いた。
今から言おうとしていることに、躊躇っているのだろう。
私はただ黙って、青野の気持ちの整理がつくのを待った。
そして、青野は意を決したように私の目を見て言った。
「俺はあの時、雨が続いて、試合が終わるのを望んでいたんです。このまま負けてしまってもいい、これで大会が終わるのなら、もう投げる必要がなくなるのならって…。でもその後逆転勝ちして、みんなが本当に喜んでいるのを見て、俺、すごく自分が恥ずかしくなりました。もともと実現する保証のない自分勝手な夢のために、負けを望んでしまうだなんて…。あの日の夜、あまりの自分の情けなさに、部屋で泣いてました」
青野の目には涙が溢れていた。
私には彼にかける言葉が見つからなかった。
「決勝戦の日は、始まる前から覚悟していました。これで肩が壊れたって構わない。そうなったらそれはバチが当たっただけだ。最後は絶対みんなのために投げて終わりたいって。でも、俺の肩はあそこで限界でした。全力を出して燃え尽きたのに、それなのに俺には後悔が残る結果になりました。あの雨の中、心の中でみんなを裏切ったばっかりに…」
「いや違う。それは違うぞ、青野」
私はいたたまれなくなり、声を上げた。
「まだ高校生のお前にはさらにその先の人生がある。そこにはいろんな選択肢がある。それを無駄にしたくないと思うのは当然だろう?それに、お前は俺に自分の夢を打ち明けていた。それなのにそれを潰してしまって、俺の方こそ…本当に…辛いよ」
私は自分の顔を机に向けた。
机の上に、涙が、ぽと、と落ちる音がした。
「そうなんです、そのことも謝りたいと思って、今日来たんです」
「何だって?」
「プロを目指しているんだなんて、言わなきゃよかったって。そのせいで先生に余計な気遣いをさせてしまいました。黙っていたら、全部俺一人の問題で終わっていたのに。ごめんなさい、先生」
「おい、青野…」
私は立ち上がると、気がつけば両手で青野の胸ぐらを掴んでいた。
「今のその言葉…それだけは撤回しろ。いいか、教師が学生の将来を思うのは当たり前だ!俺はな、お前に自分の夢を打ち明けてくれて、それを共有できて、嬉しかったんだぞ。一人で何かを抱え込むなんて、学生としてあっちゃいけないことなんだ!」
青野は驚いたように両目を大きく見開いていた。
「…分かりました。今の言葉は撤回します。すいません、先生」
私は両手を離した。
「それにしても…お前は将来、きっと立派な大人になるよ。高校生のうちから、こんなに他人の気持ちを慮ることのできるやつはなかなかいないからな」
「あ、ありがとうございます…。」
青野は、ふう、と息をついた。
「先生、とりあえず、野球の方は終わりましたけど、これからは勉強の方、頑張りますから」
その時の青野は、痛々しいほどの作り笑いを浮かべた。
「ああ、約束だぞ」
そう言った私も、きっとその時、さぞ下手くそな笑いを浮かべていたことだろう。
「じゃあ先生、これで失礼します」
青野は頭を下げ、職員室から出ていった。
結局彼は、私を含め誰にも、恨みごと、泣きごと、後悔を一切口にすることなく卒業していった。
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