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俺は20歳のころ、ある病気で入院していた。当時の今でも忘れられない1っヶ月を日記にまとめていた。ただ、まだ日記のタイトルが決まってない。どんなタイトルにしようかと思った結果、日記を最初から読み返すことにした
12月
白い天井。質素な部屋に、ベッドと机のみ。僕は、とある病気で入院しているらしい。何の病気はしらない。机の上には花が生けてある。おそらく誰かが置いたのだろう
「起きた?気分はどう?今日は天気がいいよ」
窓側にいた女性が、花を変えながら僕に話しかけてきた。この女性が誰かわからない。僕の母らしいけど覚えていない。僕は数日前に目が覚めてから、以前の記憶がない。僕が、どんな生活をしてきたのか、どんな性格だったのかもわからない。でも、一つだけ思い出せることは、ひまわり畑の中で女の子と追いかけっこしていた記憶。顔は思い出せないけど、小さい頃の記憶だと思う
「雪月、体調がよかったら外に行く?」
母らしき女性の問いに僕は、軽くうなづく。女性に手を引かれ、病院内の庭を車椅子で押されながらゆっくりと進んでいく。
「覚えてる?ここの庭にもある桜の木うちの近所にもあったのよ。まぁ今は冬だから咲いてないけど」
微笑みながら女性は話す
「雪月が小さい頃はよく近所の冬華ちゃんと桜の木の近くで遊んでたのよ。あっ、近くにはひまわり畑もあったかしら。夏になるとよく二人で遊びに行ってたわね」
ひまわり畑・・・。僕の記憶にある場所と同じ場所だろうか。気になって聞こうと思った時、激しい頭痛に襲われ、意識を失った。目が覚めるとまた同じ白い天井だった。
「大丈夫?ごめんね。私が外に連れていったばっかりに」
女性が心配そうに僕の顔を覗く。少し、気分は悪いけど、さっきの頭痛よりマシな状態だ
「お母さん、今日はもうゆっくりさせてあげましょう」
女性の隣で担当の医師が立っている
「そうですね。私も今日は帰ります。じゃあね雪月。また明日くるね。」
そう言って女性は病室から出ていった
「雪月くん。そろそろお母さんって 呼んであげてもいいんじゃない?君を見てると他人と接しているようでお母さんが可哀想だよ」
苦笑いしながら医師が僕に問いかける。母と呼べる気持ちになったらといつも言っているし、呼べるものなら呼ぶ。だけど、あの女性から母らしさが感じられない。記憶がないだけで本当に母かもしれないけど、あの女性はどこか違う気がする
「さて、僕もそろそろ行くよ。もし、体調に変化があったらすぐに呼んでね。僕でもいいし近くの看護師でもいいから」
笑顔で僕に言うと医師は病室から出ていった。やっと一人になれた。記憶がない僕は知らない人と接するのは少し嫌だった。すごく親しみやすく接してくれるけど、どこか他人行儀で違和感を覚える。そして、一人になってからが僕の小さな楽しみがある。それは、窓から見える景色を眺めること。周りからしたらなんでそんなことが?って思うかもしれないけど、ベッドと机しか無いこの部屋ではそれくらいしか楽しみが見つけられなかった。でも、その日の天気や近くにいる動物、窓を開けていたら外から聞こえてくる話し声。毎日違って飽きない
「あ!雪月くんだ!久しぶりだね!」
突然、入り口側から声が聞こえた。声がした方向を見てみると、誰もいなかった。空耳かな?と思った時
「ねぇ、こっちだよー。どこ向いてるの?」
反対側から声がした。しかし、見ても誰もいない。病気をこじらせてとうとう幻聴でも聞こえ始めたか?不気味に思って、僕は布団に入り込んだ。
「また、そうやって私から逃げるの?弱虫。」
ゾッとして布団を勢いよく剥いで起き上がった。荒い息遣いが病室に響き渡る。なんだ今のは。その時、ある景色が思い浮かんだ。何も無い丘の上、大きな桜の木に人影が二つ見える。誰だろう。体格からして男と女?もしかして僕とさっき女性が言っていた冬華って子なのかな。
「雪月くん!何があったの?!」
気がつくといつもの病室。目の前には医師が慌ててきたのだろう汗だくで僕を見ている
「君の病室から叫び声が聞こえたから駆けつけてきたけど。何かあった?君も汗だくだし、悪い夢でも見た?」
医師に言われ体を見てみると、全身から汗が出ていた。
あの幻聴も、あの景色もただの夢だったのか?それはそれでいいけど。でも、なんだったんだろう。夢にしてはやけにリアルだった不思議な感覚だった
「まぁでも、何もなくてよかった」
医師がほっとした顔をして呼吸を整えている。
「雪月くん。無理せず僕には何でも聞いてね。体調悪くなったり、気分転換したい時でもいいからさ」
そう言い残して医師は出ていった。また一人になった。少し不気味になったこの病室からすぐにでも出ていきたい。だけど、僕一人では歩けない。あの医師を呼ぼうと思ったけど、そこまで大した理由でもないし今のところはやめておいた。
「あいつ、私嫌いだな。ねぇ、雪月くんもそう思うでしょ?」
またあの声が聞こえた。不気味だけど気にしたらダメだと思って無視することにした。今思えば、母らしき女性から冬華という女の子の話が出てすぐのことだった。なにかの偶然だろうか。姿の見えなくて声だけ聞こえる女の子。病院でこんなことが起きるなんてとんだ心霊現象だ。もうそろそろ夕食が来る頃だし、献立を楽しみに少し寝ることにした。
目を閉じるとすぐに眠りについた。すると、またさっきの桜の木のある丘の上の景色が見えた。今度は、人影が一つだけだった。その人影はなにか掘っているような動きをしている。桜の木の下にタイムカプセルでも埋めていたのか、掘り返しているように見えた。その光景だけ見えてその後は普通に眠った。
1時間後、看護師の声で目が覚めた。手には病院食が置いてあるお盆を持っていた。もうこんな時間か、今日の献立は何だろう。
「今日は、雪月くんが好きなハンバーグだよ」
にこりとして看護師が机の上にお盆を置いた。顔には出さなかったけど内心とても嬉しかった。病院食の中でハンバーグだけが美味しいから好きと言っているけど、それは言わないでおこう。
「食べ終わったら机の上に置いておいてね。あとで取りに来るから」
看護師が出て行った後、すぐに夕食に手をつけた。今日のハンバーグは少し違う。味付けが違うのかな?いつもより一段と不味く感じる。楽しみだったのに少しガッカリしつつも食べ続けた。
夕食を食べ終わると、すぐに看護師が取りに来てくれた。
「今日も完食ね。いっぱい食べて元気になってね」
お盆が引かれて行った。さて、もうこれから何もないし何をしようか。
寝たいけれど、夕方に少し寝てしまったからあまり眠くないな。それにしても今日は不思議な日だったな。明日から何もなければいいけど。時計を見てみるとまだ19時。目も閉じれば自然と眠りにつくと思い目を閉じた。
翌日。朝食を持ってきた看護師の声で目が覚めた
「おはよう。昨日はよく眠れたかな?」
いつも通りの朝。だけど昨日と違うのは
「おはよ。雪月くんの寝顔すごく可愛かったなぁ」
少女の声だ。朝から聞こえるなんて今日は最悪な日だ。昨日同様、無視しつつ、朝食を食べる。朝食はいつも決まっていて目玉焼きとソーセージ。そろそろ飽きてきたけど我慢して食べた。食べ終わるといつも決まって体温検査と簡単な聴診
「よし、問題ないね。このまま行けば来週には退院できそうだね。」
やっとこの入院生活が終わると思うと寂しいような嬉しいような複雑な気分。でも、退院したらおそらく少女の声も聞こえなくなるだろう。
一週間後
「おはよう!今日は退院日だね~よかったね」
看護師と医師に見送られ僕は、母らしき女性に車椅子を押され病院を出た。ちゃんと外に出れるのはとても嬉しい。天気は快晴で、気温もちょうどいい・
「雪月。やっと退院できたね。これから家に帰るからね。退院祝いに好きなもの作ってあげるね」
好きなものか。病院食で少し残念だったハンバーグを頼んでみた。すると、とても嬉しそうな顔で、女性が喜んだ。車で家まで向かい、数十分走らせると家に着いた。どこにでもあるような普通の平家だった。
「今から作るからゆっくりしててね。」 女性がキッチンへ向かい、料理を作り始めている。記憶がない分この家での思い出がない。だから、出来上がるまで少し探索してみることにした。
まず、奥の部屋から順に回っていこうと思い廊下の奥まで車椅子で行った。小部屋が3つあって一つづつ開けていこうと思ったけど、一つの部屋だけ鍵がかかっていた。何か隠しているのかな?と思って今は後回しにすることにした。その扉のすぐ隣の扉を開けたら、何もない和室があり小窓が一つついているだけの簡素な部屋だった。特に物もなくて何か思い出せそうな物もなかった。和室の部屋を出てすぐ後ろにある扉を開けると、寝室のような部屋で、ベッドが二つとタンスが一つあった。でも何か違和感がある。全く使っている様子がない。母らしき女性は、どこかで寝泊りしていたのかな?そう思えるほど生活感のない寝室だった。
「雪月ーご飯できたよー」
女性の声が、キッチンから聞こえた。探索はまたご飯食べてからでもいいかなと思い、リビングへ向かった。リビングに行くとテーブルには、病院食よりも大きくおいしそうなハンバーグが並べてあった。
「いっぱい食べてね。まだたくさん作ってあるから、おかわりが欲しかったら言ってね。」
そんなにもいらない。と思いながら、一口食べた。途端に吐き気がして、嘔吐してしまった。アレルギーのあるものを食べてしまったのか、呼吸がしづらく、意識が朦朧とする。女性が僕に何か呼びかけているけど、何も聞き取れない。そのまま僕は意識を失った。
目が覚めると、見知らぬ天井、見知らぬ部屋で見渡してみると探索した時に見つけた寝室だった。コンコンッとノックが聞こえ入ってきたのは、母らしき女性だった。
「ごめんね。口に合わなかったのね。早く元気になってほしくて、栄養のあるものいっぱい入れちゃって。雪月の体によくないものを入れちゃってたのね。本当にごめんなさい。」
かなり落ち込んでいる。でも命に別状はなかったし、特に怒らなかった。また病院へ戻るよりはマシだなと思いつつ、女性が持ってきたおにぎりを食べた。このおにぎりは特に問題なかった。食べ終わると、女性が皿を取りに来た。
「今日はもう横になってゆっくりしてね。」
そう言って部屋を出た。幸いこの部屋は窓もあるし外の景気が見えるからよかった。すると部屋の片隅にある物が目に入った。絵画?賞状?額縁に入った何かが裏向きに壁にかかっている。表側が気になったけど、足が不自由な僕は手が届かない。その時、窓から吹いた風で額縁が落ちた。
落ちた拍子に額縁の表側が見えた。ひまわりの絵?その絵を見た時ふとある光景が浮かんだ。僕が小さいの頃、近所のひまわり畑で女の子と遊んでいる記憶。僕は、女の子を追いかけて、ひまわり畑の中を走っていた。走っていると女の子が転んでしまって、泣いていた。僕はすぐに駆け寄って慰めるとすぐに笑顔になった。二人で手を繋いで、ひまわり畑を抜けたのを思い出したんだ。すごく懐かしい気分になっていたけど気がつくと目から涙がこぼれていた。すぐに目を拭った。なんだったんだろう。自然と涙が出るなんてどうしたんだろう。あの記憶が僕にとって大切な記憶だったから涙がこぼれたんだろうか。記憶が少し戻ってもまだ、頭の中がすっきりしない。まだこれから、徐々に記憶を戻していけばいいと少し軽い気持ちで考えていた。このことが後になって後悔することになるとは今の僕には想像もしなかった
翌日、朝日で目が覚めた。いつもの病室じゃない部屋。少し新しい感じで目覚めは良かった
「雪月おはよう。よく眠れたかな。今日は少しお出かけをしない?」
確かに今日はいい天気だ。病院の庭じゃない外もいいかなと思い、出かけることにした。女性に車椅子で押されながら、外へ出た。まず目に入ったのは、家のすぐ目の前にある大きな桜の木。今は冬だから桜は咲いてないけど、春になって満開になればすごく綺麗な気がする。その隣には、殺風景な空き地。女性の話によればここは昔ひまわり畑だった場所。もう誰も手入れしていないのか、何もないただの空き地になっている。
「ここ見覚えあるかな?雪月と冬華ちゃんはよく遊んでたのよ。桜の木はそのままだけど、ひまわり畑は数年前に手入れする人がいなくなって全部枯れちゃったのよ。綺麗なひまわりだったのに残念。」
この女性は僕の幼少期をよく知っている。母となれば当たり前だが、もし母でなければとても怖い。だけど最近この女性は母ではなく赤の他人ではないかと思えてきた。理由は、昨日のハンバーグだ。母であれば僕のアレルギーだって知っているはずだし、間違えて入れることなんてないと思う。だけどあの女性は、僕のアレルギーを知らなかったし、ましてや自分の家に鍵をかけている部屋なんてあるかな?僕の考えすぎかな。あんまり疑いすぎると、精神的におかしくなりそうだからやめておいた。桜の木から右へ行って、ずっと進んでいくと周り一面畑だった。見たまんまの感想を言うなら田舎だ。でも、この景色はとても好きで、落ち着く。都会には行ったことがないけど、多分テレビや話に聞くところ楽しそうではあるけど、色々とうるさそうだし、落ち着かなそうなイメージがある。畑を越えて、もっと進むと、ポツポツと家がでてきた。家の人が外へ出ていて、あいさつをしたら心地よく返してくれた。やっぱり田舎はいいと思った。数十分歩くと、女性の足が止まった
「ごめんね雪月。そろそろ帰ろうか。私少し疲れちゃった」
早いなと思ったけど僕は自分の足で歩けないから何も言えずそのまま折り返した。女性が折り返す直前に目の前の家に一つの人影が見えた。身長的にお年寄りのようだった。女性はあの人が誰か分かって引き返したのかな?そう思うと気になったけど今は何も言えない。そのまま女性に押されて家に着いた。この時僕は一つ気になっていたことを聞いた。それはあの鍵のかかっていた部屋のこと
「あの部屋のことは気にしなくていいのよ。全く使ってなかったから、鍵を閉めているだけだから」
何か隠している言い方だった。女性は笑っていたが、目が笑っていなかった。これ以上もう聞かないでおこう。女性の顔がとても歪んで見えた
その夜、夕食を終えて、寝室へ向かった。昨日の夜部屋の片隅で落ちていて表を向いていた額縁は裏向きになっていた。あの絵を見ると少し寂しい気分になるから、よかった。そのまま何もなく眠りについた。そして、とある夢を見た。
「雪月くん!こっちー。ここまで追いついておいでー」
また、ひまわり畑の光景。だけど今までと少し違うのは、女の子の顔がはっきりわかること、目がクリクリしていて、可愛らしい顔をしていた。女の子を追いかけると、ひまわり畑を抜けて、桜の木の近くまできていた。反対側を見ると、今僕がいる家。そこには男女の大人が僕らを見ていた。顔はしっかり見えなかったけど、多分僕の両親だろう。二人が僕らに向かって手を振っている。僕は手を振り返して二人のもとへ走っていこうとした。そしたら女の子に手を引かれ
「だめ!行ったら危ない!」
僕の頭の中は疑問でしかなかった。なぜ止めたのか。ただ両親の元へ向かおうとしていただけなのに。また両親がいる方向へ目を向けるとそこには誰もいなかった。え?と思った瞬間目が覚めた。涙が出ているだけでもなく、汗が出ているわけでもなかったけど、気分は最悪だった。嫌な夢を見た。起きて車椅子でリビングへ向かうと、女性は朝食を用意していた。おはようと言うと元気よく返してくれた。朝食を食べている時に、女性に夢の話をした。うんうんと頷きながら聞いてくれていたが、夢の中で見た両親らしき人影を見た話をすると、
「その二人はどんな顔してた?!どんな人だった?!」
血相抱えて僕に問いかけてきた。びっくりしたけど顔は見えなかったと答えると女性は何やら考え込んでいた。
「雪月くん。これ以上黙っててもしょうがないわね。私はね、あなたのお母さんの妹なの。本当のお母さんじゃないの。あなたの両親はは事故で亡くなってたの。黙っててごめんなさい。」
やっぱり本当の母ではなかった。でもなんで今なんだろう。もっと前に言えたはずなのに。でも叔母さんは今言う時なんだろうと思って言ってくれた。そして、色々と昔の話をしてくれた。僕の両親がどんな人で僕はどんな暮らしをしていたかを。
「私のお姉ちゃんはすごく優しい人でね。その旦那さん、つまり雪月くんのお父さん。二人とも優しかった。だけどある日二人はおかしくなったわ。それは、冬華ちゃんが突然姿を消したの。ある日突然ね。それから二人はおかしくなって怒りっぽくなって、でもなんでそんな状態になったのかは私に話してくれなかったの。その後に雪月くんを置いて二人は事故に遭って亡くなったわ。それから私は雪月くんの面倒を見ることにしたのでも二人の死がショックだったんだろうね。雪月くん、家に引きこもっちゃって、あんまり話さなくなったの。それが何年か続いて、ある日突然頭を抱えて倒れていたの。すぐに病院へ連れて行ったら数週間寝たきりになって、目が覚めたら記憶を失ってたわけなの。多分今は、なかなか心の整理はできないかもしれない。ごめんね。」
叔母さんの話を聞いてショックとか悲しみとか何もなかった。ただ全て思い出した。寝室にあったひまわりの絵。昼間に見た人影が誰なのか。あぁ全て思い出した。その時一つのことを決意した。
「叔母さん。俺全部思い出したよ。話してくれてありがとう。」
そう言うと、俺は立ち上がった。叔母さんは驚いた顔をしていたけど何も聞かなかった。まだ足元はフラつくけど、そのまま家を出てひまわり畑のあった場所へ向かった。多分真ん中あたりまできた時、下を見ると少し色の違う土があった。
深く掘り返すと、小さな手の骨が見えた。その手には枯れた一輪のひまわりの花
「冬華、遅くなってごめんな。親父が運転していた車とぶつかって動かなくなって・・・。」
俺は、その現場で車に同乗していた。動かなくなった冬華を両親は隠そうとした。その現場を俺はただ見ているだけしかできなかった。その事故で、優しかった両親はおかしくなりその後事故で死んだ。俺はそのショックの連続で、記憶を失った。元々あった持病もあると思うけど
「なぁ冬華。なんで俺まで死なせてくれなかったんだよ。お前は昔から優しすぎるよ。病院で聞こえてた声もお前なんだろ?」
病室で聞こえていた謎の声は記憶が戻った今ならわかる、あれは小さい頃の冬華の声。元気いっぱいで透き通る声をしていた。家にあったひまわりの絵もそう、あれは冬華が描いたもの。もしかしたら俺に記憶を戻させるために色々やってくれたのかな。でも、昼間に見た人影は誰だったんだろ。
「雪月くん覚えてないの?家から少し離れたとこでひまわり畑の世話してたおばあさんだよ。」
後ろから聞こえた冬華の声に驚いて振り返る。誰もいない、だけど涙が溢れる。これは意味がわからない涙ではなく、悲しみと嬉し涙。溢れる涙で前が見えなくなる。
「雪月くん会いにきてくれてありがとう。」
その声が聞こえた瞬間、この冬の時期では絶対にあるはずのない光景。冬華のいる土の上に
たった一輪のひまわり
俺はまるで子供のように泣いた。なにもないひまわり畑に泣き声が響く。ありがとうとごめんを繰り返しながらずっとうずくまった。
「雪月くん、私恨んでないよ。あれが私の運命だって思ったの。雪月くんは納得いかないだろうけど」
笑っているような泣いているような震えた声で冬華の声が聞こえる
「私ね、雪月くんが好きだったの。いや、今も好き。だから、ちゃんと立ち上がって生きて。また前みたいに元気な雪月くんが見たいな。私は、いつも見守ってるよ」
顔をあげると、冬華が目の前にいる。抱きつこうとしたけど、触れなかった。そして、うっすらと消えがかっている
「雪月くん、そろそろ時間だよ。さぁ、もう泣かないで。笑って?」
そういう冬華の顔も涙でぐしゃぐしゃになっている。人のこと言えるかよと笑う、それに釣られて冬華も笑う。徐々に消えていく冬華と同じように急激に枯れていくひまわり
「本当にお別れなんだな。俺、頑張るよ。見守っててくれ」
立ち上がり冬華に言うと
「うん!」
冬華は満面の笑みで消えて行った。シンとなった夜のひまわり畑のあった空き地。当然周りを見渡してもひまわりなんて一輪も咲いていない。
「俺も好きだよ。冬華。」
そう言い残すと俺は家に帰った。叔母さんには真実を話した。叔母さんはかなりショックを受けていたけど、なんとか少しずつ受け止めてくれるそうだ。その半年後俺は、これから生きていくために入院していた病院へ行き持病の手術を受けた。成功確率はわずか7%。若年生のパーキンソン病だ。今の医療技術では成功例はほんのわずか。俺は冬華との会話を心に秘めてまま手術を受けた。目が覚めると見覚えのある、病室の天井。成功したようだ。
「雪月くんお疲れ様。手術は無事終わったよ」
担当の先生だ。その隣には叔母さんもいる
「雪月くんほんとにお疲れ様。無事に終わってよかった」
叔母さんは泣きそうな顔をしている。俺は笑顔で、
「ありがとう先生。叔母さん」
カーテンから夏の風が吹く。その風に吹かれ、机の上にある一輪のひまわりが揺れる。まるで冬華が笑っているみたいだ。
数年後、現在
冬になると思い出すあの景色は2度と忘れない。そうだ、この日記のタイトルはこうしよう。
『冬に咲く一輪のひまわり』と
ある冬の日
「あぁやっぱり懐かしいなぁ、この場所。あれ、雪が降ってる」
雪月は思い出のひまわり畑にいる
ゆっくりと落ちてくる雪。雪月の顔に一つ、二つと雪が落ちてくる。
雪が水に変わり落ちていく
「俺、ちゃんとお前の分まで生きるよ。ありがとう冬華」
造花のひまわりを地面にそっと置いて、雪月は帰ろうとした
「ばーかっ、おじいちゃんになるまでに死んだら許さないからね」
バッと振り返るが誰もいない
「ばーか。お前の分も生きて200年くらい生きてやるよ」
ボソッと雪月が呟く
見えないはずの二人の笑顔。まるで向き合っているかのようにお互いに優しい顔をしている
冬には似つかない暖かい風がひまわり畑を通り過ぎた
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