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「……雨が悪い」
「天気のせいにしないで。行動は自分で決められるでしょ?」
ぷいっと顔を背けられ、またむっとした。
控えめな外見と違って性格は素直ではないらしい。
「そうだよ。決められる。だから、声をかけた。雨が降るのに、病院に入らないわがままな女の子が気になるから」
「……そう」
彼女は、好きにすれば、と言ってカメラを東の空に向かって構えた。華奢な手首が不安定に揺れる。あれでシャッターを押しても、写真はブレてしまう。
雲が彼女の表情から徐々に光を奪う。遥か遠くから、湿気た風に乗って雨の音が向かってくる。もうすぐここにも夕立が来るだろう。
「楽しみね」
ファインダー越しに彼女が見る空は、僕が見ている空と何が違うのだろう。
僕は彼女を説得することをやめた。
一旦、犬神健輔、と表示された病室に戻り、ベッドに立てかけられていた傘に手を伸ばす。柄がつるりと逃げ、がしゃんと4人部屋に音が響く。幸い、他のベッドの人は、気に留めなかったようだ。
すー、すー、すーと寝ている男も何も言わない。戸籍上の父にあたる彼は、肝性脳症が悪化し、日々の半分以上を寝て過ごしている。
ざまあみろと思い、反対に文句のひとつも言えない状況に苛立ちを感じる。傘を拾い、柄を握ると爪が手に食い込んだ。痛みは感じないが、怒りは自覚した。
白い壁紙、液晶のテレビ画面、オーバーベッドに稲光がはしり、遅れて雷鳴が轟く。
その音に目的を思い出し、屋上庭園にむかうと彼女はカメラを構えたままの格好で固まっていた。傘を彼女にそっとかざすと何か言われるかと思ったが、無反応だった。
「……なんで夕立を待っているの?」
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