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はじかれたように彼女は僕を見上げた。
「びっくりした、居たの?」
「傘を持ってきた」
そう、と彼女は呟き、小さく笑った。笑顔は初めて見た。
「あなた、……私の知っている人に似てる。当たり前のように人に優しくできるのね。さっき、車椅子を持たれてああ言ったけど、素直じゃなかったわ。どうしてもこの場所で夕立を待っていたかったの。この傘も、ありがとう。……雨は来そう?」
素直にお礼を言われ、顔が熱くなる。
「望遠レンズを覗くとよく見えるんじゃない?」
と、照れ隠しでそう言った。
「雲は見えた。でも、撮りたいのは雲じゃないの。……だいぶ視野が狭くなって、限られた場所しか見えないから……」
乱暴な風が彼女の糸のような髪を弄ぶ。雲がスピードを上げ、僕らの頭上に拡がったが、彼女が待っている夕立は訪れなかった。
彼女はカメラとともに深いため息を膝にのせた。
「……もう時間がないのに」
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