兇行

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「俺だよ。 久し振り」 『……まさか』  逼迫(ひっぱく)し、息を呑む気配があった。 「元気に、してたか? あれから一年経つけど、あいも変わらずか」 『どうして、ここを……』 「調べたんだよ。 やりようはいくらでもある」 『……帰って』  男の意に削ぐわず、怯懦(きょうだ)(わずら)わしさに塗り固められた反応が返ってきた。 「おいおい。 久し振りに会えてその反応はないぜ。 こっちがどれだけ苦心したことか」 『ふざけないでっ。 あなたと話すことなんて何も無いわ。 そもそも、私たちの関係は一年前に終わってるのよ?』 「一先ず俺の話を聞いてくれ。 離婚してから毎日、それこそ寝る間も惜しんで懺悔(ざんげ)して答えを導いたんだから」 『警察呼ぶわよ』 「呼ぶ度胸があるのか。 隣近所への体面もあるだろう。 俺はなにも、お前を貶めようとしているわけじなないんだよ。 話さえできれば、それで」 『…………』 「お前が出て来てくれるまで、帰らないからな」  僅かな沈黙の後、プツ、と交渉が途絶えた。  交渉決裂かと暗澹(あんたん)たる面持ちで男が場を離れようとしたとき、カタンと扉が開いた。 男は嬉々として振り返ったが、ドアチェーン越しの僅かな隙間から顔を覗かせた、()けた頬の女を見て愕然とする。  ──ああ、お前はこんなにも……。
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