いなくなった友達

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 イマジナリーフレンドって誰にでもいるものだろうか? 自分にしか見えない想像の友達。それは俺にとっていつの間にか隣にいて時を過ごした大切な存在だった。ある日突然、消えてしまったけれど。  大学四年の夏、希望の会社に内定を貰いほっとした俺は束の間海のある地元に戻り久しぶりに実家というものを味わった。夜になって自分の部屋でひとり布団の中に入るとザアザアという慣れ親しんだ波の音に癒やされながらもどうしてか眠れなくなる。今までそんなことはなかったのに不思議なものだ。俺は部屋を出ると家の裏手にある海へと足を運んだ。ザカザカと砂の上を歩いて行く。灯台が海を照らしている。時折吹く風が涼しい。何も考えずにこうして人のいない海辺を歩くのが好きだった。暫らくそうしていると俺を呼ぶ声がして立ち止まる。聞き覚えのある懐かしい声だ。ああ、幼なじみじゃないかと俺は嬉しくなって声のするほうへ歩いて、隣に座った。笑い合って肩をぶつけ合い、自然と昔に戻っていく。それがえらく心地良かった。子供の頃に流行った戦隊ヒーローや好きだった子の話に花が咲き、一息ついて二人で夜の海を眺めていると俺は幼い頃にいたイマジナリーフレンドのケンタくんを思い出した。  ある時、俺は家の屋上で大きなビニールプールを見た。それは近くに海があるのに観光客が多くて入れないからと父親がわざわざ買ってきたものだった。俺は屋上の小さな海に浮かれて朝から夕方まで遊び、夕飯を食べていても風呂に入っていても布団に潜ってもそのことがずっと頭から離れなかった。だから俺は夜中に隣で寝ていたケンタくんを起こし二人で寝室を抜け出すと屋上へ行きホースで水を掛け合ったりプールで泳いだりして遊んだ。疲れてそのまま屋上で寝てしまい朝方下から聞こえてくる両親の騒がしい声で起きると俺はケンタくんと目を見合わせた。ぐちゃぐちゃの格好でそろりそろりと階段を下りて行って鬼の形相をしている親の前で取り敢えず笑ってみたけれど滅茶苦茶に叱られた。それでも夜通し遊べたことが楽しくて後悔はなかった。  それから少し汚い話もある。朝ご飯を食べた後、なんだか気持ち悪くなった俺は胃の中にあるものを全て床にぶちまけてしまった。母親がそれを片付けてくれているのをじっと見ていた俺はチャイムの音でハッとして顔を上げた。床掃除を終わらせ雑巾を流しに置いて手を洗った母親が部屋を出て行き玄関を開けると近所の人と世間話を始めたが、その声は俺の中で薄れていった。さっき吐き出したものの映像が鮮明に頭に残っていて、どうしても忘れたくなかったのだ。それをケンタくんに相談すると「じゃあ書いてみよう」と提案され、それは名案だと思った俺はクレヨンを隣の部屋から持って来ると綺麗になった床に吐いたものを書き記した。暫くして母親が戻って来たので「凄いでしょ?」と出来上がった絵を自慢したけれど母親はぎょっとして言葉を失っていた。そしてすぐに母親が雑巾で拭いてなかったことにしてしまったけれど良い出来だったとケンタくんと二人で感心したものだ。  それからもっと汚い話もある。飼っていた猫がトイレでうんちをしていて、それがいつもと違って動物園で見たヤギのうんちに似て粒状だったことがあった。ヤギと猫、どっちのうんちが多いか気になったケンタくんが「今日は猫のうんちを数えて、今度動物園に行った時にヤギのうんちの数を数えよう」と言うので二人で猫のうんちを手で取って床に置いて数えた。十二粒あった。その後帰って来た父親が「ただいま」と言ってしゃがんで俺を抱っこしたので「おかえり」と嬉々として顔を触ると父親は「うわっ!」と叫んで顔を歪めた。その後、動物園でヤギのうんちを見た時は驚いた。なにせヤギは一度に三十三粒もうんちをしたからだ。ケンタくんは興奮していたし他の動物は一度しか見なかったけれどヤギのいる場所には四度も舞い戻り尻ばかりを見た。実に有意義な時間だったと暫らくはその話で持ち切りだった。  またある時は雷が鳴っていて五月蝿かったので窓から空に向かって「五月蝿い!」とやめるように言っていたら母親に「そんな言葉は使わないで」と注意されたのでケンタくんと相談して俺が「う」と「さ」を担当してケンタくんが「る」と「い」を担当しようということになり二人で交互に一文字ずつ発しうるさいという言葉をバラバラにしてずっと叫んでいた。すると母親が「う……それもダメ」と苦い顔をしてその行為すらも奪ったのだ。けれどケンタくんは「黙れ」でやってみようと既に次の作戦を考えていた。俺は「ま」担当だった。当然、またしても同じ結果だったが気付けば雷は鳴り止んでいて満足感でいっぱいだった。  幼なじみは俺がひとつ思い出を話す度に「バカだねぇ」とか「よくやったねぇ」とか言って笑って聞いていた。  当時の思い出がまだまだ次から次へと溢れてきて気分は高揚していたがふとどうして幼なじみにこんなこと話しているんだっけ、と俺は疑問に思った。こういう時は二人の思い出を語るべきなのに。だから俺はこの話を終わらせようと、ケンタくんとの最後の日について話すことにした。  七歳の夏休みが始まって間もない頃、外で近所の子達と縄跳びをしたり鬼ごっこをしたりして遊んだ後、待っていてくれたケンタくんと一緒に家に帰り玄関の扉を開けた。中に入って上がり框に座り靴を脱いでいると何かいつもと違う気がして視線を上げると開け放たれた玄関の向こうにケンタくんは立っていて何故か玄関から先に入ろうとはしなかった。俺はどうしたんだろうと首を傾げてただケンタくんを見つめることしか出来なかった。 「で、大人になったら思い出してくれよって言ってお前には見えなくなったんだよな」 「そうそう……ん?」  隣にいる幼なじみの言葉に頷いたものの、どうしてそのことを知っているんだろう、という疑問が湧く。 「思い出してくれてありがとう」 「えっ?」  息を呑んで隣を見るけれど暗くて幼なじみの顔は良く見えなかった。 
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