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「ありがとう、昴流君。みんなの命を守ってくれて」
私がそう言った途端、小さな少年はついに声を上げて泣き出したのだった。そして、私に全てを語ってくれた。
「凄い、怖い夢見て」
「うん」
「や、山が、崩れてきて。先生とか、みんなとか、巻き込まれて、ひどくて」
「うん」
「そんなのやだって思ったら、夢の中と、同じ日が来て、それで、それで。あめ、ふるって、天気予報が」
「うん」
「ほ、本当かなんてわかんないし、でも、こわくて、だから、だから……ごめんなさい、でも、信じてもらえないって思ってえ……!」
「うん……っ」
超能力。あるいは、ほんの一瞬目覚めたシックスセンス。それとも、誰かがたまたま彼にもたらした虫の知らせというものであったのか。いずれにせよ、自分でも信じられないようなその現象を、大人が信じてくれるとはとても思えなかったのだろう。結局彼は、傘を盗むということでみんなを足止めするしか思いつかなかったのだ。――たとえその結果、己がどれほどの糾弾を受けることになったとしても。
「大丈夫よ」
世の中には、いろんな子供達がいる。
そして、私のようなちっぽけな人間が知らない、不思議な出来事などたくさんある。
大切なのはオカルトが実在するかどうかとか、超能力が本当にあるかどうかとか、そういうことではないのだ。ただ、誰かを守る為に、誰かが小さな手で必死に何かを成し遂げようとした。その心以上に、尊いものなどどこにもないのである。
「私は、信じるわ。……貴方が、私たちのヒーローだったってこと」
最終的に、その土砂崩れで死んだ人間は一人もいなかった。その結果が全てだろう。
私は親たちに、“雨で土砂崩れが起きるかもしれないと心配した生徒が、みんなを守る為に傘と靴を盗んだ”と、名前を伏せて説明した。実際、土砂崩れが起きて、山道を通るはずだった生徒が雨宿りの結果助かったことも。私自身もまた、そうやって救われた人間であることも。
あれから三十年後。
私の元にはいまだに、元教え子達から年賀状が来る。笑顔の家族写真を送ってくる生徒も少なくはない。彼もまた、動物病院に勤務して今も一生懸命に命を助けているという。
あの夕立の日に、守られたものがそこにはある。
私達の救世主は、今も瞼の裏にいる。
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