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その日。結局、傘がない生徒はみんな、夕立がやむまで学校で雨宿りを余儀なくされ。外履きの靴がなくなった生徒はしぶしぶ雨が止んだあとに上履きで家に帰ることとなったのだが。
私達がなくしたものは、翌日あっさりと見つかったのだった。使われていない空き教室に、全員の傘や靴がまとめて放り込まれていたためである。犯人はきっと樋口昴流だ、あいつがやったんだ、と心無い言葉が飛び交った。恐らくそれは、大人しくて目立たないながらも、成績が良くて見目がいい彼への嫉妬が滲んでいたことだろう。樋口昴流のような生徒は往々にして、いじめのターゲットになりやすいものである――本人に、何の非もなかったとしてもだ。
生徒達の親からも連絡が来てしまった。いくら見つかったとはいえ、みんなの傘や靴を隠すなんて悪戯としても度が過ぎている。犯人がわかっているならきっちり反省させてほしい、と。こうなってしまえば、私としても仕事をしないわけにはいかない。数日後の朝、私はいつも通り誰よりも早く通学してきた昴流と話をすることにしたのである。
既に、モンシロチョウは五匹目が孵化し、まるまると太った青虫が虫かごの中で元気に活動している頃だった。
「樋口君、どうしても訊きたいことがあるんだけど、いい?……この間、みんなの傘がなくなった件なんだけど」
私がそう切り出すと、彼は自分の席に座ったまま俯いて動かなくなった。自分ではないなら、そう言えばいい。そして自分がやった犯人であり、その行動に正当な理由があるなら、それをはっきり伝えるべきである。何故、彼は糾弾を甘んじて受けるばかりで、何一つ反論しようとしないのだろうか。
この数日間、私はずっと考えていた。
生き物が大好きで、モンシロチョウが心配で毎朝早く学校に来くるような心優しい少年が。ただ皆を困らせるためだけに、傘を盗むような真似なんかするだろうか。他に犯人がいてそれを庇っているか、それとも――そうしなければいけない理由が彼にはあって、それが人に言えないものであったりするのか。
「誰かにいじめられて、命令されてたりする?」
私がそう尋ねると、彼は顔を上げて首を振った。
「違うよ。そんなこと命令されてないよ」
即答。本気で困惑した顔。自分への追及は黙ってやり過ごすのに、クラスの別の子が疑われたとなればすぐに否定する。――この子はそういう子だ。私は確信を持った。というのも、既に事の真相にある程度見当がついていたからである。
「そうね。でもって、樋口君自身も、誰かを困らせるためにそういうことしたりする子じゃないって、先生は知ってるの。だって傘を盗んだり靴を盗んだりしたら、みんな困るもんね」
「…………」
「でも、それが、みんなを助けるためだったなら話は別」
「!」
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