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1人目のお客様には新たな資産運用を勧め、次のお客様からは大口の契約を頂いた。
なかなかの滑り出しだ。
「えーと次は__」
「真帆ちゃん‼︎」
「あ、稲垣様。お待ちしておりました」
恭(うやうや)しく頭を下げ、髪の毛を紫に染め上げた、稲垣里子を出迎える。私のお得意様だ。
「はいこれ、九弦堂のバームクーヘン」
「いつもお気遣い頂いて申し訳ありません」
「嫌だ他人行儀な。私と真帆ちゃんの仲じゃない」
屈託なく笑う稲垣さんが、私は大好きだった。
早速、バームクーヘンを切り分け、熱い緑茶と一緒に出す。
稲垣さんは、どんなに熱い日でもいつも緑茶だ。
「それより真帆ちゃん、彼氏はできたの?」
「残念ながら」
「私の息子が独身なら、絶対に真帆ちゃんお嫁に貰うのに。でもさっき、見慣れない男の人が居たわね。イケメンっていうのかしら?」
いやいや、あれは面(ツラ)だけですよ。とも答えられず、それから稲垣さんと世間話で盛り上がる。たとえ契約が取れなくても、こうしてお得意様とのお喋りは互いの信頼関係を濃密にしてくれるのだ。
「それでね、息子がマンションを買うっていうから、頭金だけでも出してあげようと思って。とうとう孫ができたの、男の子‼︎だから定期預金を解約したいの」
「おめでとうございます‼︎それは息子さんも喜ばれますね。ではさっそく、準備して参りますので、少しお待ち下さい」
頭を下げてサロンを出た私は、課長の冷たい視線とぶつかる。お喋りが過ぎたようだ。なので解約の手続きをと説明した__。
「断れ」
「はい?」
「今すぐ断ってこい」
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