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聞き間違いかしら?
「地味なだけじゃなく、耳も遠いのか?」
「断れと、仰いました?」
「そうだ。一千万の定期解約だぞ?断るのが無理なら、せめて10月まで引き伸ばせ。今、解約されると数字に響く。それくらいはできるだろ?」
課長が眉を上げる。
だから私はにっこり微笑んだ。それを了解の証と受け取ったのか、軽く頷く__。
「できません」
「なんだ?」
「無理だと言ったんです。耳が遠いのはお年のせいですか?私はお客様の気持ちを第一に考え、仕事をしてきました。これからもそうするつもりです。ですから稲垣さんの息子さんに対する思いに、少しでもお手伝いできたらと思います」
胸を張って言い切ると、その切れ長の目が吊りあがる。
「銀行と客と、どっちが大事なんだ?」
「何度聞かれても同じです。お客様あってこその銀行です。お客様の意向を無視した営業は、私にはできかねます。それでもと仰るなら、課長自らお断りしてはどうですか?」
今度は私が眉を上げる番だ。
解約を断るなんてこと、いくらなんでもできるはずがない。
案の定、課長は悔しそうに唇を噛み締めていたが、ふっと肩から力を抜いた。
ほら、口だけじゃない。
サロンに戻ろうとした私は、大きな背中に押し退けられた。
課長が我先にサロンの扉に手をかける。
そして振り向いた。
「孫は男か?女か?」
「えっ__男の子ですけど」
そう答えると、ニッと笑う、その顔はまるで、子供っぽくて無邪気だった__。
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