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ココアのホイップ増し
カップから溢れんばかりの濃厚なホイップクリームとその上でお洒落を彩るココアパウダーに、彼女は感動を隠し切れない様子だった。
顔馴染みの粋なサービスである。
いつもの時間、いつものカフェ。
一つ変わったのは、彼女と一緒の窓際席にいることである。
騒動のあったあの日、落ち着いた彼女を最寄り駅まで送った。
事が事だっただけに自宅には帰さず、何駅か先にあるという実家のご両親に迎えを頼んだ。
万一を考え、ご両親が到着するまで談笑して過ごし、その中で彼女の名前を教えてもらった。
私も礼儀として名乗り、後日お礼をしたいと言われて、連絡先も交換した。
あとはいつものカフェの美味しい話ばかりだった。
暫くしてご両親が迎えに来た。
軽い挨拶をしたらすぐに退散するつもりだったが、お父上から公然で抱きつかれ、大泣きされた。
感謝の抱擁だった。
「あの時は、父がごめんなさい」
そう言って彼女は苦笑い。
盛々のホイップクリームに唇を寄せ、温かいココアを傾ける。
案の定、口元に見事な白い髭が出来た。
「まさか、あれから両家公認の交際に発展するとは思わなかったよ…」
紙ナプキンを差出しつつ、私も苦笑した。
自身の年齢からすっかり結婚など諦めていたが、運命の女神は心底悪戯好きらしい。
元警官でストーカーを懲らしめたと知るや、彼女自身を差し置いてご両親は私にアプローチを掛けてきた。
初めこそ体良くあしらっていたが、彼女と連絡を取り合う内に、私達も何となくそう言う目で互いを意識し始め、騒動のお礼は両家顔合わせの席にすり替わっていた。
「ところで、今日の具合は?」
窓の外を差しつつ、また口髭を作る彼女に確認。
今日は朝からよく晴れて、カーネリアンの夕日が輝いている。
「今日もばっちり。昨日の健診で先生も卒業間近だって」
子供っぽく甘い髭を舐め取り、彼女は屈託のない笑みを浮かべる。
「来週の式は晴れると良いね」
「あら、雨の中もきっと素敵よ?」
冗談めかして彼女はまた笑う。
彼女の傍らにはもう傘はない。
格好つけて言うなら、傘の代わりはここにいる。
「あんバターサンドはもう暫くお預けだね」
「貴方もズボンが入らなくなったら困るものね…!」
皮肉を飛ばし合い、ニヒヒと笑って一緒に美味しい一杯を口元に傾ける。
お互いの手に抱かれたカップに描かれているのは、笑顔のお日様と私達の名前の相合い傘。
そして、それらを囲むように店員一同から、おめでとうの寄せ書きが綴られていた。
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