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あんバターサンド
酒も煙草も博打も嫌い。
極度にシャイで、女性なんて以ての外。
気がつけば結婚適齢期も過ぎ去り、年老いた両親からは孫の顔は拝めないと泣かれるこの頃――…。
そんな独り身の私は、今日も仕事帰りに商業施設内にある某コーヒーチェーンである行きつけのカフェに足を運ぶ。
平日の午後六時前。
いつもの時間。
顔馴染みの店員と軽く挨拶がてら談笑し、注文したのは本日のコーヒーと最近ハマっている、あんバターサンド。
今日の豆は、好みの深入りである。
レジ横のカウンターで品物を受け取り、これまたいつもの席へ。
壁一面の大きな窓から見える空には夕陽色の雲が流れ、その合間から差し込む茜色の陽射しが止みかけの雨粒に乱反射して宝石のように輝く。
そんな幻想的な風景が見える窓際席――ではなく、その隣が私の特等席である。
少し前までは窓際席がお気に入りだったが、先客がいるようになったので移動した。
窓際のその席は、今では私ではなく彼女の特等席だ。
「お兄さん、こんばんは。今日もオリジナルコーヒーですね」
席に着くと同時に、そんな窓際席から声をかけられた。
どう見たって小父さんと言うべきだろうに、敢えてそう呼ぶのは彼女なりのからかいである。
「こんばんは、お嬢さん」
こちらも皮肉を込めて、いつものようにそう呼んだ。
私達は互いに名前を知らない。
歳も職業も、個人に関することは何も知らない。
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