11人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女との出会いは二ヶ月前。
その日は季節の割にえらく暑い日で、青空に鎮座していた雲が夕方になって嫌がらせのような雨を降らせた。
雨宿りも兼ねて逃げるように店内に駆け込み、いつものようにコーヒーと、それまでの自分には珍しくあんバターサンドを注文した。
背広に乗せた雨粒をハンカチで払いつつ、いつもように窓際席に向かうと、そこには先客がいた。
初夏らしいストライプのワンピースに、洒落たイアリングが似合う女性だった。
仕事なのかスケッチブックに真剣な表情でペンを滑らせていて、化粧の感じからして二十代後半から三十代といった印象を受けた。
まあ仕方ないとその隣に座り、何の気無しにあんバターサンドに齧りついた。
一口食べて、これは美味いと思った。
二口目で、見事にハマった。
固めで弾力のあるパンに、あんこと塩気の利いたバターが絶妙で、あっという間に食べ切った。
「美味かった…」
幸せのあまり、さり気なく出た言葉だった。
すると―――。
「ですよね」
そんな声に顔をあげると、窓辺の席の彼女が笑っていた。
よく見れば、彼女の目の前にある丸テーブルには、食べかけのあんバターサンドがあった。
「ごめんなさい。あまりにも美味しそうに食べていたので、つい見とれてしまって」
そう言って、彼女は手に持っていたフローズンを上品に吸った。
お店のロゴマークが微笑むプラカップの色合いからして、コーヒー系だ。
「もしかして、アフォガートですか?」
そう尋ねると彼女は何だか嬉しそうに笑った。
彼女が飲んでいたのは濃厚なコーヒーとミルクが絶妙な大人の味の一品だ。
―――ただし、作るのが難しいらしく作り手によって当たり外れが激しい。
「ええ。今日はユウさんでしたので。彼なら上手に作ってくれますから」
そんな言葉に、彼女も常連だと分かった。
しかも、店員の名前と得意なレシピを覚えている所からして、かなりの頻度で来ている様子だ。
「私もアフォガートにすれば良かったな…」
香り高く湯気を立てるコーヒーを睨み、己の選択を後悔した。
コーヒーに罪はないが、ホットよりアイス、欲を言えばフローズンの方が美味しい陽気だった。
「この時間なら水曜と土曜が狙い目ですよ」
そんなアドバイスを残し、彼女は徐に帰り支度を始めた。
残っていたあんバターサンドを紙ナプキンに包み、飲み掛けと一緒にお店の紙袋に仕舞った。
「それじゃ」
そう言って、軽い会釈と共に彼女は去って行った。
何気なしに離れていく姿を眺め、自動ドアから可愛らしい傘を差して出ていくまで、彼女の姿を自然と目で追った。
コーヒーの香りを纏った彼女は、何だか不思議な魅力を纏っていた。
そんな彼女の艷やかな髪を撫でた夜の風が、僅かに私の頬を撫でた気がした。
最初のコメントを投稿しよう!