0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
頭骨
白に碧を混ぜたような色した、綺麗な頭骨だった。だけど、それが先ほどまで肉のついた人の果てかと思うと、子供心にも無常を感じずにはいられなかったのだ。
昔の話である。
bその時の僕は三つかそこらでようやく幼稚園に通い始めたかどうかという年だった思う。髪を長めに伸ばしていたことと、自分で言うのもなんではあるけれど優しい顔立ちをしていた子供だったからよく周りの大人たちから女の子と間違われるような、そんな子であった。
「サッちゃん」
僕の名前をもじったその呼び方も、あるいは僕が女の子供と誤解される所以だったかもしれない。
ちなみに。
祖母は僕が大人になってもそう呼んでいた。もっともひねた顔の大人に育った僕は「サッちゃん」と呼ばれたって周りの人から女の人と間違われることはなかったけれど。
それはさて置き。
祖母に名を呼ばれ振り向いた僕が立っていたのは、怖くなるくらい澄んだ、川底に転がる小石の数まで数えれそうなほどに透明な川の辺りだった。その河原に転がる丸っちい石を拾って集めるのが幼かった僕はとても好きだった。
「これは船のお石で、こっちは車のお石」
微妙に形の違う石を集め、その形から別の、自分が知っていて興味のあるものを連想する遊びが好きだったのだ。子供の他愛無い遊び。祖父母はそんな孫の遊びによく付き合ってくれていたと記憶している。だから、その時も僕は河原で遊んでいたのだ。
「行くよ。時間だよ」
そう言われて僕は手にしていた河原の石をパッとその場に捨て祖母の手をとる。二人並んで蝉の声も姦しい山間の道をテクテク歩く。その当時、名古屋市内にある下町に住んでた僕には物珍しい、自然美豊かな景色をぼんやり眺め歩いてた気がする。
不思議な大蛇の伝承と冷たく綺麗な川のある山間の小さな村。そこが僕の曽祖父が住んでいるところだった。
「もうお家へ帰ろう」
祖母が言う。
曽祖父の家。そこで曽祖父の葬儀が執り行われていた。
それがこの日、僕が村へとやってきた理由だった。
「(ひい)おじいさんはサッちゃんのこと可愛がってくれていたからねぇ。ちゃんと最後のご挨拶しないとね」
そう祖母が言ったか記憶にない。だけど後年、母から聞いた話では曽祖父はたしかには僕のことを可愛がってくれていたそうである。亡くなる少し前、当時八十いくつを超える高齢で体の調子もあまり良くなかっただろうに、村から電車を乗り継ぎ街に住む僕を訪ねて来てくれるほどに。その証拠に実家には幼い僕と曽祖父が一緒に並んで写る色褪せた写真が今でも大切に保管されている。
曽祖父の家に着くとマイクロバスが待っていた、と思う。あるいはワンボックスカーであったかもしれない。ともかく大きな車が待ってたと記憶している。
車の一番後ろ、窓際の席に座らせられたのは、僕が車に弱い質だったからだ。おもちゃで遊びながら車が目的地に着くのを待つ。
たどり着いたのは村はずれにある焼き場だった。葬式に出席した記憶はなく、この火葬場に来たことだけを覚えている。幼い僕に長い葬儀を我慢できないと親たちが判断し、最後のお別れにだけ出席させたからかもしれない。
あるいは葬式の最中は眠っていたか。
ともかく僕は昔ながらの、昭和とか、もしかしたら大正の大昔すら偲ばせる、古い火葬場へとやってきていた。
あれからずいぶん時も過ぎ、村も整備され、あの大好きだった川すらひどく様変わりしてしまったのだ。この火葬場も今はないだろう。
だけどその頃はたしかにそんな場所も存在していたのだ。
そこで僕は親や祖父母たちと逸れてしまった。何故かは覚えていないが、どうせ退屈凌ぎでむちゃくちゃに歩き回っていたせいとかだと思う。
そうして僕は不安に駆られながら焼き場を歩く。外は明るく、周りには大人たちはたくさんいたけど、火葬場は気味のいい場所ではない。それにその時僕は子供であったのだ。不安に思うのは仕方なかったろう。むしろ、泣き虫だった僕が泣かずにいたことを褒めてあげたいくらいだ。
親を探しフラフラ歩いてるうちに僕は大人たちと一緒に何かを囲む祖母を見つけ出した。
「おばあちゃん!」
おばあちゃん子だった僕はホッとして祖母のもとへと駆け寄る。そして、そこで見たのだ。
曽祖父の頭骨を。
あの白いような、碧いような色した人間の頭蓋骨を。
蝉が命を絞るように鳴き続けていた。僕は呆然と、見上げるように大きな大人たちがひいおじいちゃんを小さな、小さな骨壷へと収めるさまを眺めていた。
一つの人生が終わりを告げる瞬間の光景だった。
真っ白で立派な髭を蓄えて、いつも囲碁を打っていた優しいひいおじいちゃんがこんなにも小さくなってしまったことがやけに詫びしく感じられた。
これが僕が死と言うもの意識した原初の体験である。
「サヨナラ」
そんなことを僕が口にしたときだ。
ひいじいちゃんの遺骨を囲む大人たちの口から「おぉぉおおっ!」と言うどよめきの声が起こった。
そちらを見てみれば、祖母が曽祖父の頭骨を箸で真っ二つにへし折っている姿が目に飛び込んできた。僕と大人たちが目を皿のようにして見つめる中、祖母は涼しい顔して言った。
「だってみんなじいさんの大きく焼け残った頭骨が骨壷に入らなくて困っていたじゃないか?なのに、誰もなんともしようとしないんだから、あたしが入るようにするしかないじゃないさ」
以上。
死ぬと言うことと、決断力と行動力の大切さを強く学んだ夏の日の思い出話でありました。
最初のコメントを投稿しよう!