愚かで幼い恋

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愚かで幼い恋

目を覚ましたら、消毒液臭い真っ白い部屋の中で、君が手を握っていた。  きっと、ずっと握ってくれていたんだろう。  ぎゅっと力を入れて握りなおされて、暖かくて嬉しくて、精いっぱい握り返した。  涙で天井がにじむ。  手に込められる力で、お互いの気持ちが理解できた。  大好きだった。  愛してた。  だけど、ごめん。  ごめんなさい。  もう、無理だ。  堪え性がないと責められてもいい。  君の家族や婚約者とやらに、ほらやっぱりその程度の覚悟だったのかと言われてもいい。  愛がたりないのだと、君にあこがれていた奴らにあざ笑われたら、甘んじて受けよう。  君のために別れるなんて、きれいごとは言わない。  自分のためだ。  こんな風にあからさまに悪意を向けられて、刃傷沙汰になって入院するのはもうごめんだし、罪悪感にまみれた君の顔は見飽きた。 『結婚しよう』  かつて君がくれたのは、何のひねりもないシンプルな言葉だった。  天にも昇る気持ちになった。  きっとこのまま、幸せなまま一生過ごしていけるだなんて、一点の曇りもなく信じていた。  性別や家柄の格差や、周囲の人の反対なんて、些細な障害だと思っていた。  悪意を向けられるようなことじゃないって、たかをくくっていたんだ。 「指輪、返す……」 「……ああ」  かすれた声で交わしたそれが、最後の会話。  気持ちが途切れたわけじゃない。  今でも好きだ。  でも、一緒にはいられない。  人間関係がこうやって変わるなんてこと、小説やドラマの中だけだと思っていた。  自分の気持ちじゃなく、外からの圧力で変えられるなんて、思ってなかったんだ。  愚かで幼い恋だった。
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