ー 斬り裂く剣 ー

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ー 斬り裂く剣 ー

二条城の側には京都見廻組が宿としている詰所(つめしょ)がいくつかあった。時次郎もその詰所を宿にして、朝から庭で剣の素振りをしていた。朝の冷たい空気を斬り裂くように剣を振っていると、昨夜街で会った斎藤のことが脳裏に浮かんできた。 「時次郎、またどこかで会おう」 時次郎は素振りを止めて息を落ち着かせていると、1人の組員が駆け寄って来た。 「時次郎、今すぐ集合だ!」 それから広場に多くの組員が集まると、見廻組組長が大声で叫んだ。 「見廻組の諸君! あの過激派どもがまた都で何かを企んでいるという知らせがあった。 今夜は全組員で街を警護するように!」 「はっ!」 「疑わしき者は切っても構わぬ! 我らは(みかど)をお守りする京都見廻組であることを忘れるな!」 「おお!」 時次郎は左手で刀を強く握りしめ、右手の拳を高く振り上げた。 時次郎は会津にある日新館(にっしんかん)の門下生であった。日新館とは会津藩で作られた言わば学校のような場所であり、会津藩士の子弟のみ通学を許されていた。当時の会津藩の上級藩士の子弟は10歳になると日新館に入学し、15歳までは素読所(そどくしょ)(小学)で武術や書や礼法を学んでいた。時次郎は日新館の中でも特に優秀な門下生であり、剣の実力は見廻組でも評判が高かった。 その夜。 時次郎が率いる5人の見廻組が警備を行っていると、橋の下で何やら怪しい人影を見つける。 時次郎は静かに近づき、 「見廻組である! 橋の下で何をしている!」 「シッ、静かにしろ!」 最初は暗闇で見えなかったが、橋の下にいる人影とは斎藤が率いる数名の新撰組だった。 「斎藤、お前そこで何をしている?」 斎藤は橋の上に見える船宿を指差しながら、 「あの船宿に過激派どもがいるという知らせがあった。 今はそれを確認している所だ」 それを聞いた時次郎は深く息を飲み、斎藤が指差した船宿の方を見つめた。そして見廻組と新撰組が橋の下て隠れてから一刻が過ぎる頃、突然激しい雨が降り出してきた。 雨に濡れた時次郎は手で顔の雫を払い、橋に叩きつける雨音を聞きながら、 「やっかいな雨だな」 と静かに呟いた。そして船宿の中で不穏な動きがあると、斎藤は時次郎の肩を叩きながら言った。 「よし時次郎、行くぞ!」 「おう!」 見廻組と新撰組は物音を立てないよう行動しながら、船宿の周りを囲む。船宿の入り口で時次郎と斎藤が両脇に立ち、2人は目で合図をした。そして斎藤が入り口の扉を勢いよく開け中に入ると、20数人の過激派は京都の地図を見ながら密会をしていた。 時次郎と斎藤は刀を握りしめ、 「新撰組だ、御用改めである!」 「見廻組だ、全員神妙にいたせ!」 「くそっ! 切れ、切れ!」 過激派が見廻組と新撰組に襲いかかると、時次郎も斎藤も剣を抜いて過激派と激しく斬り合った。不意をつかれた過激派たちは乱れ、その場に次々と斬られて倒れていった。 斎藤は過激派の1人に足で蹴られ床に倒れこんだ。ひるんだ斎藤が斬られそうになった瞬間、時次郎が鋭い剣で相手を体を斬り裂いた。それから時次郎はすぐに手を差し伸べ、倒れた斎藤を起こした。 「時次郎、すまん」 「いくぞ、斎藤!」 時次郎は微笑んで斎藤の肩を叩き、2人はまた斬り始めた。 圧倒的な見廻組と新撰組の強さに、 「に、逃げろ!」 と過激派は1人づつ船宿から逃げ出し、時次郎と斎藤はその残党を追いかけた。2人は途中で二手に分かれ、斎藤は1人の過激派を斬った。そして後ろを振り返り、分かれた時次郎の方を心配そうに見つめた。 一方時次郎は、降りしきる雨の中で1人の過激派と斬り合っていた。 「うぉぉ!」 時次郎の剣が相手を斬り裂き、過激派の男は川に落ちていった。時次郎は膝を付きながらふと自分の脇腹を触ると、いつの間にか刺されていたことに気がつく。 「急所は外れたようだな。 とりあえず皆の所へ戻ろう」 時次郎は脇腹の切り口を手で押さえ、あの船宿の方へふらふらと歩いて行った。しかし雨はさらに強くなり、時次郎は街の暗闇に立ち止まり座りこんでしまった。 「はぁはぁ、まずいぞ」 時次郎は手に付いている自分の血を見つめ、気を失いながら濡れた地面に倒れた。 一方斎藤は、船宿に戻って来ない時次郎を探していた。 「時次郎、時次郎!」 「斎藤さん、この船宿にいた過激派の半数が消えました!」 「そうか。 ところで時次郎は知らないか? 皆で探してくれ!」 「しかし斎藤さん、今度大勢の過激派がここに集まってきたらとても危険です。 逃げましょう!」 「くそっ! よし、新撰組も見廻組も一時退却だ!」 斎藤と組員は、新撰組の本拠地である『壬生寺(みぶでら)』へと帰って行った。 船宿の襲撃からしばらく時が過ぎて気を失っていた時次郎は目を覚ますと、そこは知らない長屋の中にいた。霞んだ視界に目を凝らすと、台所に立つ見知らぬ女性の後ろ姿があった。 時次郎はかすれた小さな声で、 「あ、あの・・・」 と呟くと、女性は振り向き笑顔を見せた。 「あら、気がつきましたか?」 その女性の名は『おてい』と言った。
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