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結局、陽奈が転居して行ったのは八月も半ばだったそうだ。
女子が話しているのを小耳に挟んだ限りでは、陽奈の父親の会社の社宅に入ったらしい。どの社宅に入るかがギリギリまで決まらず、終業式の日に住所を知らせることができなかったのだとか。
彼女の新住所は女子には広く知らされたようだったが、男子、──少なくとも宏基のもとには届かなかった。
小学五年生という微妙な年代も手伝って、知りたい気持ちは直接女子に連絡を取るというハードルをどうしても超えられなかったのだ。
おそらくは、陽奈の側にも知らせたい思いはあったのではないか。できなかった理由は宏基と同じなのだろう。
友達になれたと思った途端、芽生え掛けていた淡い恋心を道連れに関係は断ち切られてしまった。
その後何年も、宏基は当時の自分の決断を悔やみ続けたのだ。
──ほんの一歩、踏み出せなかったことを。
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