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仕事を終えて家に帰る僕を頼んでもないのに迎えてくれたのは、例の「フルハウス電車」だった。
少しだけ乗ることを躊躇して、だけど帰らないわけにもいかないので仕方なく乗り込む。車内はくたびれた顔のサラリーマンたちで混雑していて、僕も例外ではなくその中に加わった。
今日も今日とて散々な一日だった。
「年下」の上司に些細なミスを指摘されては、納得いかなくても頭を下げ続ける日々。友人はみな就職と同時に東京に行ってしまい、僕は地方に一人きり。趣味も無ければ休みも無い。おまけに彼女の一人もいない。
亮から逃れるために必死に勉強して名門と言われる高校、大学へ進み、手に入れた生活がこれだ。
一方の亮は、噂によると、大した努力もせずに金さえ払えば入れるような高校、大学へと進み、そこでできた悪友に誘われて遊び半分で始めたYouTubeで大ヒット。
学生の延長のような悪ふざけ動画をアップしては、僕が汗水たらして働いて得た収入の何倍もの金額を稼いでいるらしい。
僕はいつも考える。
世の中はなんて不公平なのだろう。どうにかして、バランスを取る方法を無いものか。例えばそう、僕がフルハウスの動画のコメント欄に亮の卒業アルバムの写真を晒し、「彼は極悪非道ないじめっ子です」とコメントを残したら、何か変わるのだろうか。
考えて、でも、プライドを捨てきれない僕は実行できずに終わる。
そうしてまた僕の小さな世界だけが蝕まれてゆく。
家に帰り何の気なしにテレビをつけた僕の耳に、もう二度と聞きたくなかった下品な笑い声がべっとりと纏わり付いてきた。
亮だ。
なぜと思いテレビ画面を見やると、右上に「人気YouTuberフルハウス バラエティー初出演!」の文字が躍っていた。
いつのまにかテレビも僕の逃げ場ではなくなっていたらしい。慌てて電源を落として布団に潜り込むが、その夜は妙に目が冴え、なかなか眠ることができなかった。
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