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「ところで美和、昨日のフルハウスの動画見た? 亮の『ドッキリシリーズ』の。やばかったよねぇ」
翌日。会社の給湯室から聞こえてきた会話に僕は思わず足を止めた。
フルハウス、亮、という単語が聞こえてきたというのもあるが、何より僕の憧れの同期・山岸美和さんの名前が出てきたからだった。
美和さんがフルハウスについて話をしている。聞きたくないとか、盗み聞きなんて申し訳ないとか思いつつも、気付けば僕は給湯室入り口の壁際に立ち、聞き耳を立てていた。
「見たよ! 確かにやばかったよねーあれ」
「あのドッキリってガチでやってるのかな?」
「さあ? でもガチだったら亮めっちゃ可哀そうだよねぇ」
「ね、いじられキャラって大変だわ」
「ほんとに。でも悪いけど今年一番笑ったかも」
「いじられキャラ」。楽しそうに笑う彼女らの口から出てきた単語は、およそ僕が知っている亮とは結び付かないものだった。
僕は初めてフルハウスというYouTuberに興味を持った。
家に帰り、久しぶりにYouTubeを開く。
亮にドッキリを仕掛けてみた Part31。
一番最近アップされた動画のタイトルを見ても、僕はまだ亮がいじられキャラになっているだなんて信じられない気持ちだった。
恐る恐る再生ボタンをクリックする。
ド派手な髪形と髪色をした男たちが三人、動画の趣旨を説明している。曰く、亮を落とし穴に落とすドッキリを仕掛けるという。馬鹿のようなテンションで話す男たちを冷めた目で見ながら、なんてベタで安直な企画だろうと僕は鼻を鳴らす。
場面が転換し、亮がゆっくりと歩いてくる。中学生の時と少しも変わらないその姿に、心臓がドクンと嫌な音を立てた。
直後、「うわあっ」という情けない声とともにその亮の姿が消えた。穴に落ちたようだ。派手髪の男たちが爆笑している。僕には何がそんなに面白いのかさっぱりわからない。
美和さんもこんなのを見て笑ったのだろうかと思うと、百年の恋も冷めるような心地がした。
だけど落ちる瞬間のスロー再生が始まると同時に僕の評価は一転することになる。
アップで映った亮の顔を見た時だ。僕は思わずプッと吹き出してしまった。
大きく開いた口と鼻の穴。への字を描いた眉に、極めつけはひん剥かれた白目。リアクション芸人ばりのその顔は、間違いなく「面白い」ものだった。
さらにカメラが穴に落ちた亮に寄る。ここに至って、僕はとうとう声を上げて大笑いした。
穴の中の亮は緩衝材を鼻と口いっぱいに詰めて、なぜかまた白目を剥いていた。
「うあえんあおおい!」
亮が何かを主張するが、口いっぱいに緩衝材を頬張っているため全くわからない。腹を抱えて床に転がる僕。
負けた、と思った。
ネタの安直さやいじめに繋がりそうな倫理観の欠如はともかく、僕は亮を見て笑ってしまった。顔中の穴という穴で緩衝材を飲み込み白目を剥く亮の姿は、少なくともプロの「YouTuber」のそれだった。
それから僕は時間も忘れてフルハウスの過去動画を漁った。はじめは軽薄にしか映らなかった派手髪三人衆も、過去動画を見ているとそれぞれに魅力的な一面を持っていることに気が付いた。
亮を含めた四人が絶妙なバランスで個性を発揮し合い、それによって画面の前の僕らから鮮やかに笑いをかっ攫ってゆく。悔しいが、フルハウスが人気な理由がはっきりと分かった気がした。
……亮が、昔僕をいじめていたことを反省しているかはわからない。もし町で亮とばったり会ったとして、「久しぶり!」と気安く声を掛けられるかと問われれば、おそらく答えはノーだ。
だけどフルハウスの動画を見ていると、いつまでも昔のことに縛られている自分が馬鹿らしく感じた。
あの時のいじめを許したわけじゃない。だけど「フルハウスの亮」のことは応援したい。理屈じゃなく、そう思った。
その日、僕はフルハウスをチャンネル登録してから眠りについた。
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