夕立の降る頃に

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 窓から伺える空はどこまでも灰色。白いカーテン越しにそれを見た。  さっきまで煌々と輝いていた太陽も、随分と厚い雲に覆われてしまった。  窓の外側に、ピチピチと大粒の水滴が張り付く。その水滴を、窓の内側から謎ってみた。もちろん、水滴には触れなかった。    その指先から焦点を周りの景色に向けてみた。  そこは、住宅街だった。小さな子供たちが、家の中に駆け込む姿に、洗濯物を急いで取り込む主婦の方。色んなものが見えた。  不思議だった。    僕の家のポストに、何かが入ったような音がした。宅配便だ。こんな夕立の中、お疲れさまです。  降り止んだら、ポストの中のモノ、取りに行こう。    降りしきる雨。地面に叩きつける音。  不思議だった。なぜだろう。  夕立の景色は、新鮮だった。初めて夕立を見た、少年のように。  夕立は、一層強くなった。窓から見える景色が霞む。どうやら、止むまでにあと30分は掛かるようだ。テレビの気象予報士は、「局地的な大雨に要注意」と画面の向こうで言っていた。よく聞く言葉だった。  椅子の背凭れに寄っかかり、外を眺めていた。  ボーッと物思いに耽るのは意外といいものだ。僕は特に、夕立の最中にこうやっているのを好んでいる。なんとなく、特別な気分になるから。  太陽の光が、少しずつ戻ってきた。  灰色の雲が、ゆっくりと遠くの空に逃げていく。  不思議だった。  僕は、「いかないで」と呟いていた。なんで呟いたのかは自分でも分からなかった。咄嗟に口から出てしまった、心の声、みたいな。  すっかり雲が晴れて、窓についた水滴が宝石のように光る。それをまた、指で謎ってみた。もちろん、触れなかった。  焦点を景色に合わせてみた。  僕の目に見えたのは、夕立が降る前に見た景色だった。  草木に富んだ、山奥の集落だった。蝉が鳴いている。風に揺られる木々が、サワサワと爽やかな音を立てる。それ以外、何の音も聞こえない、田舎だった。  さっきまで見えていた、住宅は消えてしまった。どこかにいってしまった。  夕立に見えたあの住宅街が、懐かしい。自分には縁もないはずのその住宅街が、何故かなつかしいくて、たまらない。  そういえば、郵便ポストに何か届いてたっけ。  玄関のドアをガチャン、と開けて、外に出てみた。  固いポストのフタを、えいっ、と開けた。    何も、無かった。  けれど、ポストの奥の方に、何かが押し込んであった。  葉書だろうか。  その葉書らしきモノを、手を突っ込んで取り出してみた。  それは、封筒だった。  しわくちゃになった、黄土色の縦長の封筒。  僕宛のモノか、見当は付かなかったけれど、気になって開けてみた。  中には、律儀に折りたたまれたB5くらいの紙が入っていた。  黒い文字が、紙の裏から透けて見える。  拝啓   夕立の後の涼風が心地よい今日この頃、高松様には、ますますお元気のことと承り、何よりと存じます。  さて、今、どうお過ごしでしょうか。と言いましても、先日お亡くなりになられた貴方様にお手紙を出すというのもいかがなものかとは思いましたが、この通りでございます。  貴方様の生前の頃には、お世話になりました。特に、後輩である私の仕事の基礎を固めてくださったことには感謝しております。お陰様で、今では大事な役職も頂けるようになって参りました。本当に、感謝申し上げます。  先輩の姿を見習いながら、ますます躍進していく所存でございます。  それでは、この便箋が高松様に届くことを祈って、お別れの挨拶とさせていただきます。                                 敬具  読み進めるうち、なんとなく、掴めてきた。  なぜあの住宅街が懐かしかったかも、「いかないで」と呟いたのかも。  窓に付いた水滴が、一段と光り輝き、スッと落ちていった。  蝉も、どこかに飛んでいった。  辺りがしんと静まり返る。  僕、死んでたんだ。              
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