約束は遠い夏の日

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 夏の午後、講義棟から一歩足を踏み出すと不快を超えてもはや苦痛でしかない湿気と熱風が押し寄せた。  しかし、周りの人々はそんなことは一切気にしていないかのように喜んでおり、見るからに浮足立っている。  先程のテストで一学期の全過程が終了し、夏休みに入ったからだろう。 (…邪魔だなあ)  残念ながら私は夏休みに入っても変わった生活が始まるわけでもない、ましてや特別なイベントがあるわけでもない。  なので私にはここにこれ以上留まる理由もない、私はこれからの予定や約束に思いを馳せる人々の間を縫うようにして家に帰ることにした。  …あれから10分と少し大学の敷地から出るだけで、まさかこんなに疲れるとは思わなかった。他の学部のテスト終了時間と被っていたのだろうか。  額からは大粒の汗が零れ落ちてくるし、背中もシャツが張り付いて気持ちが悪い。  しかし、下宿先はもうすぐそこだ。家に帰ったらシャワーを浴びてから、アイスを食べて…今日は疲れたからバイトの時間まで寝よう。  そう自分に言い聞かせて全身の残った力を絞り出し、下宿先の路地に入る道へと曲がろうとした時。  曲がり角から不思議な装いをした1人の金髪の少女が飛び出してきて、そのまま私に抱きついてきた。 「ようやく見つけた!いつきちゃん!」  私はその幼い少女を咄嗟に受け止めたが、脚をもつれさせてそのまま少女を抱えたまま転んでしまった。 「大丈夫?いつきちゃん!」  目が回る。どうやら熱中症気味なようだ。でもどうしよう、こんな幼い子どもに頼るわけにはいかない。近所の中村さん、まだいるかな。 「ねえ!いつきちゃん!起きてよ!私、ようやくいつきちゃんのために世界を壊せるようになったんだよ!」  歪む視界と薄れる意識、その中で最後に聞いたのは幼い少女のその風貌にそぐわない恐ろしい言葉だった。
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