砂漠の虹は美しい

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「ここはかつて幸せに暮らす人々がいたらしいな。大きな国で美しい都だったとか」 「……」 「周辺諸国に滅ぼされたとも、滅ぼされる前に散り散りになって難を逃れたともいわれているが真相はわからないと言い伝えられている」 「……」  石棺の隙間からは砂嵐が見える。その中に動く影。怒号が響き攻めてくる周辺国の兵士、少年は必死に石棺の中に隠れ目をつぶって耳を塞いでいた。まさか棺の中に人が隠れていると思っていなかったのだろう、兵士たちは石棺を通り過ぎ王宮へと攻め入る。隙間から見えるのは、兵たちが駆けたことによりできた土埃と、死体と、真っ赤な町や王宮。赤いのは血か、放たれた炎か、夕日か。  水はどこだ、雨が降らないのに何故お前たちは、この国はこんなに栄えている。水はどこだ、どこに隠している。そんな叫びがそこら中から聞こえた。 「水なんて最初からなかったんだな。君たちは砂漠の民、水がなくても生きられる民だった」  砂嵐の中に見える少年の記憶の断片を見た男は少年を抱き寄せる。少年はひっくひっくと肩を震わせる。泣きたくても涙などでない。砂漠の民にとって水は毒だ。  木も草も花も動物も、すべて水を必要としない。そうやって何百年も生きてきた。老いることも病もしらない一族。しかし水があって当たり前の国々にとってそれはまったく理解できないことだった。まさか水なしで生きる者達がいるとは誰が想像つくだろうか。  ただ滅ぼされるだけの民、周囲とは異質だった者達。一方的な虐殺に王は決断をする。 愛する民を他国に殺されるくらいなら、自らの手で。  砂嵐のゴウゴウという音の他にざああ、と雨の音が混じる。王が降らせた夕立はやがて豪雨となり、民を、木を、家畜を、すべてを溶かし消してゆく。溶かさないのは死者を守るための石棺のみ。  砂嵐の中に見える雨の光景。溶けて行く、消えていく皆は笑っていた。殺されなくて済むことへの安堵、王自ら決断し手にかけてくれることへの感謝、そして、初めて見る……  あの日、あの時見たアレ。見たこともない、しかしとても美しいアレに少年は目を、心を奪われた。悲しいのに見入ってしまっていた。少年は男の裾を引っ張る。 「あれか? あれは虹というんだ。雨の中、特に夕立の後に見えるという」  石棺の外に向かって手を伸ばす少年、その腕をそっと掴む。 「まだ外は嵐だ、一度眠れ。起きた頃には嵐は過ぎ去っているさ」  ぽん、ぽん、と少年の背中を優しく叩く。母が子を寝かしつけるかのように。少年はやがてウトウトし始め、すうすうと寝息を立てた。砂嵐が過ぎるまであと少し。男は外の様子を見ながらいつまでも少年の背中を軽く叩き続けた。砂嵐の中見た少年の記憶。悪い夢を見ないよう優しく叩き続ける。
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