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少年が起きた時すでに嵐は過ぎ去っていた。男は棺を開けて外に出る。少年もその後に続いた。外は晴れている、まだ砂嵐の跡が残り少しだけ靄がかかっているが夕日が辺りを照らしていた。
少年は男の裾……その内側に持っていた袋を指さした。
それは水だ。この砂漠をこすには水は必要不可欠。少年は男が水を持っている事、自分の前で飲まないようにしていたことに気づいていた。
「それがお前の望みか。一人だけ残っているのは辛いか」
その言葉に少年は首を振る。そして両手を空に向かって伸ばし、大きく手を振った。
「ああ、そうか。今は夕暮れ、見たいんだな。虹を」
男の言葉に少年は大きく頷いた。バタバタと風に揺れる布、体を守っていた布を脱ぎ捨てる。少年の体はあちこちヒビが入り今にも崩れそうだ。小麦色に焼けた肌、金色の髪、水色の瞳。特に喉のヒビは酷く表面はボロボロに崩れている。小さな穴がいくつも開いていて後ろまで貫通していた。
男は水袋を少年の頭上高くに放り投げる。そして持っていたナイフを投げて水袋を貫いた。
さあ、っと溢れる水。風に乗って水は細かい粒となり辺りに広がりながら降り注ぐ。
天を仰いでいた少年は目を見開いた後、幸せそうに笑った。空には大きな虹が広がっていた。
少年の体に水が落ちる。少年の為だけの柔らかな夕立が少年を包み、溶かし、やがて着ていた服さえも溶かして消えた。
空にかかる虹はまだ消えない。男はそれを眺めながらナイフを拾う。かつて民を救うため雨を降らせる決意をした王。自らも溶けながら悲しそうに友が言っていた。
「一人だけ残ってしまったようだ、なんてことだ。あの子は永遠に砂漠で生きるのか、たった一人で」
水の民である男は雨の中に映る景色を通じて遠い遠い場所からそれを見ていた。
「安心しろ、俺がその子を探してみせるさ。渇きは俺にとって命に係わる、とても時間がかかってしまうだろうが、必ず行く。約束する、安心してくれ」
男の言葉に、砂漠の民の王は悲しそうに、しかし嬉しそうに笑った。
「すまない、ありがとう。頼んだ」
「頼まれた」
二人で笑い、消えてなくなる友を男は一粒だけ涙を流して見送った。広大な砂漠の中から一人の少年を探す事、渇きが大敵である中乾いた大地を旅しなければいけない事は長い長い時間を要した。
「だいぶ時間はかかったが、確かに約束は守ったぞ」
虹をいつまでも見つめながら、男は微笑みながらつぶやいた。
砂漠に一時でもかかった虹はとても美しい。少年の笑顔がそれを証明している。日が落ちるまで、夜になるまで男は雨を降らせる。虹が美しくかがいていられるように。
END
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