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それは、うだるような暑い夏の日だった。
学校帰りに突然の夕立に降られた私は、通学路にある神社で雨宿りすることにした。
ハンカチで傘替わりにしていたリュックを拭いて、賽銭箱の横に座ると、空を見上げて雨粒が落ちてくるのをじっと見つめる。
「……ねぇ」
雨が地面を叩く音に紛れて、鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえた。
「帆高さんでしょ」
声は賽銭箱の向こう側から聞こえているみたいだ。
見ると私が座っているのとは逆の賽銭箱の隣に、膝を抱えた小さな白い手とローファーが見えた。
「だれ?」
「清野 澪。同じクラス」
聞くと声はそう答えた。
……清野澪。
確かにその名前は知っていた。だけど声は初めて聞いたし、出来れば関わりたくない。
「ごめん、私帰るね」
「待ってよ。雨宿りしてたんでしょう? まだ雨は止まなそうだし、せっかくだからもっとお話しようよ……私、学校だと誰もお話してくれないから」
清野澪はクラスでいじめられている。
理由なんて知らないし、興味もないけれど、一軍女子のトップに目をつけられてしまったのだ。誰も逆らえない。
一軍女子たちは上履きや持ち物に落書きをしたり、ゴミ箱に隠したり、机に花を置いたりトイレで水をかけたりしているらしいけど、皆次の標的になるのが怖くて、何も言えない。ただ傍観者でいることしか出来ないのだ。
私自身も、きっと明確な理由もなくいじめられているであろう澪のことを可哀想だとは思うけれど、自分もそうなるかもしれないリスクを冒してまで助けようと思えるほど善良な人間ではない。
だけどここは参拝客もほとんど来ない神社。それに加えて今は、雨のベールが私たちを包んでいる。誰からも見られる心配はない。
「ねぇ、いいでしょう? お願い!」
雨に紛れて耳に届くその鈴の音のような声は、どこか心地よくて……。澪の声はこんなに綺麗だったんだなと、素直にそう思った。
……少しくらい澪と話してみてもいいかもしれない。
「わかった……いいよ、雨が止むまで話そう」
「ふふふ、やった!」
賽銭箱の向こう側でローファーが嬉しそうにバタついた。
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