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 僕を乗せた軍用トラックは、パウェン川沿いに南下していく。  足の先を地雷で失ったパルジェは、あの場所に置き去りにされた。  彼に与えられたのは、応急止血処置とモルヒネのみ。設備の整った病院に行かなければ、死んでしまうだろう。そのくらいのことは、子供の僕でも理解していた。傷口の匂いを嗅ぎつけた蠅が押し寄せるかもしれない。傷口に卵を産み付け、蛆が湧く。おぞましい光景を想像して、僕は震えあがった。何もできなかった自分を責めた。  僕は軍の宿営地へ連行された。  グロテスクな南方ゴキブリが這いまわる取り調べ室に通された。狭くて臭くて、ひどく蒸し暑い穴倉のような部屋だった。壁の高いところに鉄格子窓があって、星のない空が見えた。部屋の真ん中には傷だらけの机とパイプ椅子が四脚。吊り電球のまわりを胴体の太い蛾が飛び回っていた。  ガチャリと部屋の鍵が閉まる音がした。    所持品の全てを没収されていたから、ケータイで大使館や両親に連絡できない。  ゴキブリの這う椅子が悪魔に見えた。薄汚い壁のしみが拷問で飛び散った血痕に見えた。  どのくらい時間が経過したのかもわからなかった。室内には時計すらなかったから。  やがて、開錠する音がして、二人の男が入ってきた。ひとりはミャンガラマ国軍の武装兵で、もうひとりは白い開襟シャツ姿の若い男だった。 「君、所属と名前と歳は? なぜ、あんな場所にいたんだ? あの辺りはテロリストの巣窟だぞ。巡邏隊が通りかからなかったら、クアラン族に殺されてたぞ」  解禁シャツ姿の男は英語を話しながら、椅子のゴキブリを指先で弾いた。ゴキブリが羽を広げて飛び去っていくのを見届けてから、椅子に座った。 「僕の名前は大倉マクル。マンダレアン市の日本人学校の小学5年生です。パウェン河の土手で遊んでいたら、友達が未処理の地雷を踏んでしまって・・・友達の名前は、パルジェ。お願いです、彼を助けてください」  開襟シャツの男は僕の願いを無視したまま、一枚の書類を机に置いた。 「君の両親から捜索願いが出てるそうだ。日本大使館からもミャンガラマ国軍へ捜索依頼があった。そういうわけで、君は釈放だ。だが、パウェンへ戻ることは許可しない。戻ればスパイ容疑で収監する。子供でも、取り調べは容赦しない。血の小便がでるぞ。竹にセメントを流し込んだ棒で叩く。これは脅しじゃないからな」 「そんな・・・」  
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