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「なんだって?」
ローター音のせいで聞き取れないのか、大使館員が耳に手を当てた。
「怪我人、い、ま、す! パウェン河の北側!」
僕は北の方角を指さしながら怒鳴った。
職員は頷き、ヘリのパイロットに指示を出している。パイロットが後部へ振り向いた。
「負傷者の収容は聞いてないぞ」ミャンガラマ訛りの英語だった。「どんな怪我をした?」
「地雷を踏んで、足首から先がないんだ」
「なんだって? 軍は助けてくれなかったのか」
「うん。僕は銃を突きつけられて抵抗できなくて、ここへ連れてこられた」
「ひどいな。よし、場所はわかるか」
「川沿いを北へ向かって。スーパーの建設地が目印だよ」
「わかった」パイロットは前に向くと無線機を手にした。「コ・オオクラ・マクルのほかに要救助者一名あり。要救助者は地雷を踏んで重傷の模様。要救助者を保護したのち、帰投します。病院の緊急手配を」
雑音に交じって<了解>の声が聞こえた。
友達が待っている場所には、すぐに到着した。
さすがヘリは早いやと感心していると、ヘリはホバリングしながらサーチライトを地上に向けていた。
真っ暗な道路に黒いストレッチャーの陰が浮き上がった。
僕は眼を闇に凝らす。
腕を突き上げて合図するパルジェがいた。僕は夢中になって彼を凝視していたから、操縦席のやり取りが耳に入ってこなかった。
隣りに座っていた大使館員が僕の肩をつついた。
「・・・?」
「残念だ。友達を救助できなくなった。このヘリはミャンガラマ軍司令部の管轄にあってね、クアラン族の人間は救助できないそうだ。これは命令なんだ」
「げ、噓でしょ? ありえないよ!」
「我々の任務はね、邦人保護なんだよ。クアラン族の救出は任務に含まれていないのだ。私たちは日本人だ。ミャンガラマ共和国と日本は友好関係にあるから、テロリスト集団のクアラン族には加担しない」
「パジェルはクアラン族だけどテロリストじゃない! 助けてくれないと、死んじゃうよ!お願いです、助けて!」
僕は半狂乱だった。コクピットの座席を叩き、窓を叩き、大使館員に詰め寄った。
ヘリは急旋回しながら上昇を開始した。みるみるうちにパジェルの姿が小さくなっていった。
母が大使館員とパイロットに何か話しかけている。
大使館員とパイロットは首を横に振った。
僕にはどうすることもできなかった。
二時間後。
僕に待っていたのは、帰国という決して抗えない運命だった。小学生の僕に、ミャンガラマに残るという選択肢はなかったのだ。
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