蜃気楼とともに

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 外は妙に静かだった。  俺の心を静観して沈黙するような静けさ。  さっきまで降っていた横殴りの雨が、嘘のように止んでいる。通り雨だったか。  その雨に全ての音を流されてしまったかのような静寂が、この屋敷を包んでいた。  だがその静寂の中で、俺の心だけが、今もうるさくざわめき立っていた。  木の葉が風に揺れてザワザワと(ささや)くみたいに。  自分の感情の輪郭すら曖昧で掴めない。  胸の内で複雑に絡まった感情の糸が、容易に(ほど)けるとも思えなかった。  この目に映る世界が、洋館に入る前のものとは、全く違う色をしている。  肌に当たる風の質さえも違うように。  当然のようにそこにあった、レイカのお気に入りの白い砂浜も、俺だけをここに置き去りにして、跡形もなく姿を消していた。  俺はただその場で()(すべ)もなく、やり場のない悲しみに頭を抱え込む。 ――あぁ、レイカ。 「玲也さん、どうしたんですか!」 「あぁ⋯⋯大地(だいち)さん」  辺りによく響く高い声は、よくレイカと行っていた、海岸沿いの洋食屋のマスター、大地(だいち)さんだった。  洋館の前で頭を抱え込んでいる俺を心配して、声を掛けてくれたのだろうが、彼にうまくこの状況を説明する言葉が見つからない。  大地さんはウエット姿のまま、ショートボードを括り付けた自転車に(またが)っている。  髪が濡れているのは海から上がったばかりなのか、それともさっきの雨に降られたのか。 「大丈夫ですか。顔色が悪いですよ。こんな吹きっさらしの場所で突っ立ってたら、風邪をひいちゃいますよ」 「⋯⋯ですよね」 「玲也さん、何かあったんですか?」 「レイカが⋯⋯あ、いや、なんでもないです」 「ひとまず着替えた方がいいですよ」 「あの⋯⋯大地さんは、ここら辺に昔から伝わる『蜃気楼伝説』のことを知ってますか」 「もちろん知っていますよ。水平線の向こうに竜の城があって、亡くなった人が蜃気楼を渡るって話ですよね。昔は洪水が多かったから、そう信じられていたんでしょうね。だから洪水被害のなかったこの屋敷に、水難の守り神が(まつ)られているんです」
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