洋食店のソーダ水

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洋食店のソーダ水

「そうだ。まだ名前、聞いてなかったね」 「レイカです」 「本当? 俺、玲也(れいや)って言うんだけど、ちょっと似てるよね」 「⋯⋯たしかに。レイまで一緒ですからね」 「俺は、29になったばかりなんだけど――」 「私も同じ」 「ウソ。同い年? もっと若いと思ってた。あぁ、全然悪い意味じゃなくてね」   とても29には見えない。  いって、22,3ってところだ。  化粧をしていないから若く見えるのか。  でも、サーフィンをするときは、女性でもスッピンのまま海に入る人が多い。  だから、大抵の女性サーファーの年齢は、何となく分かると思っていたのに。  彼女に弁解するような困った表情を向けると、ようやくそこで初めて視線が絡んだ。 ――そこにあった彼女の瞳に、息を飲む。  まん丸のガラス玉みたいな黒目がちの瞳。  奥には、深い森にひっそりと(たたす)む湖のような静寂が存在している。  人の心の奥に隠れる古傷さえも見透かしてしまいそうなほどの強さを持つような。  なんて、澄んだ瞳をしているんだ――。  ハッと我に返ると、見惚れていたことを悟られないように、慌てて目を逸らした。  さらに激しさを増す雨と心臓の音だけが、耳の奥でこだまのように響いている。  「この雨、もう上がりますよ」 「えっ? でも、まだ土砂降りだし、しばらく無理なんじゃない」 「3⋯⋯2⋯⋯1⋯⋯ほら、止んだ」 「マジか⋯⋯」  彼女のカウントダウンに合わせて、それまで激しく音を立てていた夕立は、まるで、儚い幻だったかのように、その姿を消していた。  一体、これはどういうことだ。  彼女は、何者なんだろうか――。  しかし不思議と、そこに恐ろしさや、疑わしい気持ちなどは湧かなかった。もっと、彼女のことを知りたいと思うだけで。  たぶん、どことなく渚に似ている彼女に、興味や縁を感じていたからだと思う。 「ねぇ。イヤリングのことなんだけど、あそこにある店で、何かを軽く腹に入れてからでもいいかな。もちろん、良かったら一緒に」  探すことを口実に、さり気なく誘ってみる。  誘い下手な俺にしたら、これが限界。  海岸の向かいにハンバーグの看板が見える。  新しくレストランができたらしい。  チラッと横目で、彼女の表情をうかがう。  断られるのは承知の上。  まぁ、ダメでもともと。  助手席の彼女は、戸惑いの表情を作ったまま俯いている。やっぱりダメか。  断る理由でも探しているのかもしれない。  
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