洋食店のソーダ水

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 だが、俺の予想とは裏腹に、彼女は照れたような表情を見せて、小さくコクリと頷く。  良かったぁ。  完全にダメだと思ってた。  ひとまず、嫌がられていなくて一安心。  彼女の表情のせいか、車内の空気の色が、少し柔らかいものへと変化するのを感じる。  本当に人の出会いとは、不思議なものだ。  こんな些細なことが、見ず知らずの人間の距離を近くさせることもあるのだから。 「正直、断られるかと思ってた」  彼女は「そんなこと」と、伏し目がちに微笑みを見せる。  だが、その瞳の奥底に、決して誰にも近寄らせない秘密の湖を隠しているような、そんな予感も感じていた――。  エアコンの効いた車から降りると、再び、まとわりつくような蒸し暑さが襲ってくる。  そのモワッとする熱波に、顔をしかめる。  水気をたっぷりと含んだアスファルトの乾く匂いと、潮の香りが混ざり合う。  海岸特有の雨上がりの懐かしい匂い。  俺たちは国道を渡り、店へと向かった。  遠く離れた場所からでもよく目立つ、ハンバーグの看板の店は、奇麗な白壁のビーチハウスのような作りをしている。  たしか以前は、ここに古い別荘が建っていたから、リノベーションをしたのだろうか。  窓から中を覗いてみたが、人影はない。  しかも表のどこにも店の名前は書かれていない。やはりただの民家なのだろうか。 「奥が入口みたいですね」  彼女が建物の奥に目を向けている。  二人で裏手の方に回ると、その先に入口らしい扉が見えてくる。  扉のすぐ横に立てられた看板には、「SUNSHINE(サンシャイン)」と、大きく書かれていた。これが店の名前だろうか。  どうやら洋食屋らしい。  ようやく、念願のメシにありつける。  朝から腹に何も入れていないから、ガッツリしたものでもいけそうだな。  立て看板には、様々な種類のハンバーグやオムライス、昔懐かしいナポリタン、皿からはみ出るほどのフライ盛りやタンシチューの写真などが、ずらっと貼られている。  しかもそのどれもが目を見張るほどの量だった。さすがにこれを食べ切れるだろうか。  学生の頃なら、ペロッといけただろうが、歳を重ねるごとに食欲が減っているからな。  木製の扉には、しっかりと「営業中」の(ふだ)が掛かっている。  入口の扉を静かに引くと、その動きに合わせて、ドアにぶら下がっていたベルが明るい音を鳴らした。
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