洋食店のソーダ水

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 オーナーらしきコック帽の男性に軽く頭を下げたとき、ちょうど、店のバックヤードから、高校生くらいの金髪の女の子が現れる。  今どきのギャルって感じだろうか。  長いまつ毛の奥でこちらを捉える。  それから、ツカツカと近寄ってくると、「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」と、店内に明るい声を響かせた。  バイトで働いている子だろうか。  その子の誘導で、俺たちは窓際のテーブルへと案内され、開放感のある席へ着く。  その席からは、徐々に色を変化させている空と海の変化がよく見えた。  まるで、水彩絵の具のような色彩。  きっと、ここからの景色は、料理のスパイスの一つになるのだろう。  さっきの店員の子は、水の入ったグラスを俺の前に慎重に置くと、「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください!」と、定型文のような言葉を棒読み口調で伝え、丁寧に深々と頭を下げた。  まだ、ここに働き始めたばかりかな。  奥へ下がろうとしていたその子を、「ちょっといい?」と引き止める。  「二人いるのに、グラス一個しかないけど」 「えっ、 後から来るってこと? じゃあ、ちょっと待ってて」   どうやら、アドリブは効かないらしい。  思わず笑みがこぼれる。  あの子を見ていたら、学生時代にガソリンスタンドのバイトをしていたときの自分を思い出したからだ。  それまで敬語らしい敬語を使ったことがなかった俺は、当時の店長にかなりしごかれて、何度辞めようと思ったか。  だが、今となれば、良い人生経験になったと、心から思っている。  店員の子は、あれからすぐに「先程は申し訳ありませんでした!」と、丁寧な言葉を使って謝りに来てくれた。  もちろん、彼女の分のグラスも。  それから、俺はこの店おすすめのチーズハンバーグを、彼女はソーダ水を注文した。 「一人で食べて、なんだか申し訳ないね」と頭を搔く俺に、「お腹、空いていないから」とレイカは大袈裟に首を振った。  また俺の中に、彼女を無理に連れて来てしまったのではないかという気持ちが、ムクムクと大きく膨らみ始める――。   
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